【「エンジニア生活」・技術人 Vol.17】ヒューストンからサーバをローカライズする——日本HP・佐藤克己氏
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世界規模で活動している企業では、製品発表や発売を全世界同時に行なうことも珍しくない。しかし、当たり前だが海外で開発された製品を日本で発売する場合、日本語化を始めとしたローカライズを行なう必要がある。HPの場合、ブレードをはじめとしたx86サーバの開発はヒューストンで行なわれる。そのため、同時リリースをしようと思ったら日本にいたのでは間に合わない。それで、日本代表として駐在するエンジニアが必要になるのだという。現在同社では、社員2名程度、派遣社員4〜5名程度を現地に常駐させているという。「昔はもっとたくさんいたんです。日本語での製品は、別の作業として開発していた。しかし、現在ではほとんどの製品が最初からマルチリンガル(各言語共通)で開発されています。コアの部分くらいなんですね」と佐藤氏は語る。スタート段階からきちんと日本を含めた各国への対応を含めて開発が進められているというわけだ。
では、現地での常駐エンジニアの役割もかつてほど重要ではなくなっているのだろうか? 佐藤氏は「だからこそ、最初の段階で入っていかないと大変なことになってしまう」という。
■日本語化の要請自体が最初のハードル
マルチリンガルで開発されているからといって、すべての環境で完璧なテストが行なわれているとは限らない。「たとえばサーバの監視ツールなどのように、機械に近いツールの日本語対応が忘れられてしまったり、テストされずにリリースされてしまったりしたら大問題です。修正も大変になってきますし」。現地でしっかりとチェックを行なって、漏れがある場合に開発の工程に組み込んでもらう必要があるのだ。
製品開発そのものの情報を手に入れるためにも常駐は必要になってくる。「公式ではない話や情報が入ってくるんです。まだ現地でも正式に決定していないアイディアベースの段階で情報が聞けるので、その情報を日本のマーケティングに話してみて、日本として製品化するべきかどうかを考えることもできる」。
だが、なかでも大変なのは「日本語化の要請をすること」それ自体だという。氏の現地での仕事は単にテストを行なったりレビューを行なうことだけではない。開発コアメンバーによる会議に参加し、さまざまな提案をしたり、そもそも日本向けの開発を行なうように要請することから始まるのだ。「たとえば、ファームウェアのように簡単に変更ができないものは、現地のエンジニアもなかなか多言語にしたがらないんです。それまでの実績や付き合いがないとなかなか動いてはくれないんですよね。だから、長くいて現地のエンジニアと顔見知りになっていないとできないんです」。そうした調整を終わらせて、ようやく日本語化の実作業やテストに入れるのだ。
佐藤氏は海外でこうしたリクエストを通していくためには、とにかく自分から話していくことが重要だと指摘する。「下手な英語でもかまわないから発言していかないとダメです。めちゃくちゃでも発言していけば『こいつはいったい何を言っているんだ?』と聞いてもらえる体制をとってもらえる。黙っていたら、相手は現状で満足していると思ってしまいます」。
■日本独自の条件をクリアする
実作業に入ってからも、もちろん作業は少なくない。一般的に、まずは日本語OS上できちんと動くかを検証、その後膨大なドキュメントを翻訳し、最後にユーザインターフェース(UI)をすべて日本語化するという行程をクリアしていく。テストに関しても、最近ではSaaSなどの興隆により、ウェブベースで動くソフトウェアも多くなった。このため、テストも複雑になっているという。「ウェブベースになると、ブラウザが違ったり、エンコードが違ったりといった組み合わせが膨大にあります。それをそれぞれテストしていく必要があるので、そういった面では大変になっていますね」と佐藤氏は指摘する。
そうした一般的なローカライズの苦労のほかにも、日本ならではの苦労もある。たとえば電圧の違いだ。日本の家庭用電源は通常100Vとなっているが、欧米などでは200Vまたは、115Vの電源を採用している国が多い。本国が開発している製品も当然本来200Vだ。しかし、サーバなどの導入にあたって、電源環境を200Vに代えるほど大がかりな設備投資や設定変更を行えるのは大手の大規模な導入の場合くらい。中小企業には現実的な選択ではない。
「ですから、しつこく本国の開発部にリクエストを出して、ブレードサーバであればエンクロージャの『HP BladeSystem c3000』でついに100Vの製品を出してもらえました。UPSのときにも、同じようにリクエストを出して対応してもらいましたね」と佐藤氏は振り返る。100V電源を採用している国は日本のほかには台湾など数カ国のみ。ここでも、そこに人員を含めてリソースを割いてもらうための説得が重要な鍵になっている。
■“日本発”の充実を目指す
こうした日本ならではのニーズに応えていくことで、同社製品は日本に浸透している。ブレードサーバでは昨年ついにシェア33.3%を達成し、国内トップに立った。特に中小企業向けの事業では、HPのグループ全体でも日本がもっとも成功しているという。日本ではもともと省電力に対するニーズが高いというのもあるが、市場に適した製品を選び、ローカライズを施していくことで、国内の支持を得てきたというのも事実だ。
「たとえば、ファームウェアやドライバなどのダウンロードページがありますが、HPでこのページを完全に翻訳して提供しているのは日本だけです。ほかの国は、一部のみで、ページによっては米国のページにリンクしてあるだけということもあります。しかし、これはやはり日本ではマストだと思っていますので、コンパック時代からずっとやっていました。これをやっていないと浸透しないんです」。こうした提案の結果、日本市場での成功がもたらされ、成功するからこそ、本国への提案もしやすくなる。日本HPのサーバ事業はこの好循環にある。
また、日本にはローカルベンダーも多い。ワールドワイドで大きなシェアを持つ、IBMやDellといったベンダーだけでなく、日本では多くの国内メーカーがひしめいている。「ほかのベンダーからの移行ツールなどを提供する場合も、海外では数社だけテストをすればいいのですが、国産メーカーの製品とのテストも行なわなくてはいけない。なので、日本から実機を持ってきてテストしましたね」。
現在佐藤氏は、国内でエンクロージャの管理ツールの日本語化を手がけている。昔からやりたかったが、当時はまだ人材を含めてリソースが足りなかったのだという。ようやく条件が揃い、昨年から少しずつ開発に着手。8月か9月頃にはリリースできる見通しだという。このほかにも、現在4〜5つのプロジェクトに同時に関わっている。それだけでも大忙しになりそうだが、ヒューストン時代は日本でリリースするProLiant製品すべてに関わっていたというのだから驚かされる。だが、それほどたくさんのプロジェクトに関わっていても、佐藤氏は何でもなさそうに仕事について語る。「私の仕事は川上の仕事。川上がしっかりやっておけば、川下で大きなトラブルは起こらない。逆にここで手を抜くとろくなことにならないですから(笑)」。
「ブレードは今一番面白い」と語る佐藤氏は、さらに今後日本発の提案をしていきたいと語る。「サーバはどんどん仮想化が進んでいます。今はエンタープライズで使われている仮想化技術ですが、今後はもっと一般的に使われていくようになると思います」。世界的に展開しつつ、同時に地域ごとに異なるカスタマイズを施す。製品や技術の一般化には、佐藤氏のようなエンジニアの仕事が不可欠なのだ。
《小林聖》
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