【楽しい100人 Vol.13】普通の主婦がある日突然パンと出会って…森まゆみ氏
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「小さいころからパンが好きだったわけではないんです。パンは消化が良くてすぐお腹が空いてしまうから、と母が食べさせてくれなかったので、私にとっては憧れの食べ物でした」幼少期はまだパンに目覚めていなかったようだ。結婚後は2人の子どもをもうけ、静かに暮らすはずだったが、次女を出産後に食べたホテルの何でもない食パンにパン好きのスイッチが「カチッ」と入ったという。間もなく、夫の転勤で千葉県に行ったが、ほとんど毎日、乳飲み子を抱え、パンの情報誌を持って、東京へパンを買いに行っていたそうだ。
インターネットがまだない頃だったが、パンの愛好家でつくる「パンの会」が発行する「パンの情報」を穴のあくほど読んで情報収集し、パンの基本を知り、自分と同じようにパンが好きという人を知っていった。
「マニアの世界へまっしぐらでした。パンの表情・かたち、香りと風味、味わい、パンのある風景を愛してやまなくなりました。当時はライ麦パンの匂いをかいで、ライ麦が何%、小麦が何%の配合よ!なんてあやしげなことを言っていた時代もありました(笑)だんだん知ると人に伝えたくなり、同じような気持ちを共有したいとパン好きの仲間と一緒に食べたりもしました」
当時あるテレビ番組で、素人が美味しいお店を紹介する番組を見た森氏は「私もこうやってパン屋を紹介したい、と夫に言うと、『大人なんだからそういうことは絶対言っちゃためだよ、僕だけ聞いてあげるから』と言われました(笑)」
札幌に戻ってきた後に見たある情報番組で、ライ麦パンが美味しいお店が紹介されていたが、そこは森氏にとっては食パンが美味しいお店。「ライ麦パンで紹介されたのがすごく気持ち悪かったんです。それでテレビ局に電話しましたが、はいはい、とあしらわれてしまいました。それで、いつか私は公の場所で正しいパンの情報を伝える人になりたい!」そう強く思っていると、願いは叶うことになる。ある縁で、朝の情報番組でパン屋を紹介するコーナーのレギュラーとなった。そして、このテレビ出演や取材同行の経験から、パンを取り巻く世界を知ることになる。「パンは人だという事を知りました。一つのパンが出来上がるまでには、小麦育種の研究者、生産者、製粉会社、卸問屋、パン職人、パンの魅力を伝える人たち、パンを食べる人がいるんです」。パンに関わる仕事が増えたが、最初は取材を門前払いされたり、パンを作ることもしないのに、と受け入れてもらえない事もあったという。だが、自分の代弁をしてくれてありがとうと言ってくれるパン屋もいて、徐々に認められるようになっていく。
現在は、昭和25年からあるパン専門誌「パンニュース」の北海道の情報担当ライター、イベントの企画・コーディネート、ベーカリーアドバイザー、コメンテーターなどを務め、「パンと人を繋ぐ」をテーマにパンを楽しむライフスタイルを提案している。また、パン講座「パンとすうぷと...パンのおはなし」の開催、2012年からは「さっぽろパンまつり」の実行委員長も努め、毎回パンが早々に売り切れる人気イベントとなっている。
ここで森氏からある告白があった。「ありがたいことにパンのお仕事をさせていただいていますが、人生にはアクシデントもあります。笑って話すことではないかもしれませんが、両方の乳がんと卵巣がんを患いました」と、3度のがんに罹ったとスライドに写したのは、抗がん剤の治療でスキンヘッドになってしまった森氏の写真。記念にファッション誌のカメラマンに撮ってもらったという。にこやかに話を進める森氏だが、当時はパンへの情熱も消えそうになった。
「さすがの私もパンコーディネーターなんて仕事はそんなに世の中に必要が無いのかもしれない、私がいなくても大丈夫だし、もう仕事もないかな、なんて思っていましたが、担当の看護士さんが、『森さんの情報をいつも頼りにしてパン屋に行っているんです。私も頑張って看護しますので、一緒に頑張りましょう』と声をかけてくれて、まだまだいけるかも、と思いました」
抗がん剤の副作用による味覚障害も克服した。「水も鉄の錆びた味がしたり、パンの味も全く分からなくなってしまいました。食べたことがあるパンだけを食べ、味の記憶をたどって食べました。するとこのパンはこういう味と香りだったというのが蘇ってきたんですね。それは仕事でちゃんとパンと向き合って、見て味わって嗅いで、作っている人のことを考えながら私は食べてきたんだなと思った瞬間でした。この後、抗がん剤治療が終わった後は、髪も生え、味覚も戻り、最初にもらった仕事がお酒とパンの組み合わせという、味覚を使った仕事がもらえたことが幸せでした」
今後はパンコーディネーターとして、パン業界の発展、消費者にパンの正しい知識を届ける、パンを食べる食習慣と食文化が発展することに尽力したいという。また、パン店の売り上げ向上のために寄与したいというのは、「パン屋が儲かって、外国での勉強の機会が増え、店舗の拡大、使いたい材料が使えたりということが美味しいパンの道に近いのではないかと思うから」とも。そして、「なによりも、私に会ったらパンが食べたくなると思ってもらえたらいいかな」と笑顔で語った。
《牧野絵里》
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