持田香織「何が正解なのか」……ELTメンバー脱退時の苦悩と秘話明かす
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ELTは1996年、ヴォーカルの持田香織、ギターの伊藤一朗、作詞・作曲・編曲とすべてを手がけていたキーボードの五十嵐充の3人でデビュー。翌年発売された2ndアルバムは350万枚を超える大ヒット、紅白歌合戦にも出場するなど、90年代後半を代表するアーティストとなった。
そんな人気絶頂の2000年、制作の仕事に専念したいとの理由で五十嵐が突然脱退する。持田は「ビックリしました。楽曲・歌詞が五十嵐さんじゃなくなってしまった場合に、どれほど成立するのか…」、伊藤も「車で言うと、重要なエンジンの部分の人が辞めちゃうわけですよ。どうしたもんかと…」と、当時の気持ちを明かした。「会社の人たちも“2人で大丈夫か?”って心配してくれてた時期だった」と振り返っていた。
五十嵐脱退後、初のシングルとなった「夢のカケラ」には、持田の当時の心境が込められているという。「何が正解なのか、どこが終わりなのか、ずっと分からないものなんだなって思いました。本当に頑張りたい一心で書いた曲だったと思う」と語った。
そして2001年、作詞を持田、編曲を伊藤が担当したシングル「fragile」を発表。持田は「五十嵐さんが抜けて“2人でやっていこう”と決めてからの初1位だった曲。それだけ沢山の人達が認めてくださったような感じがして、「やった!」と喜んだ」と明かし、「“繋がっていけたらいいな”という希望を言葉にした。大事なものこそ壊れてほしくはないという思いで作った歌でしたね。今、続けられた原点のような感じがする」と、名曲「fragile」への特別な思いを明かしていた。
最後に20年を振り返り、持田は「一朗さんとこんなにも長く一緒にやってこれるとは、デビュー当時は想像していなかった。すごくうれしいです」、伊藤は「20年は本当に長い。それを考えると(僕は)成長が足りないかな…」とそれぞれコメントした。
《花》
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