
■空車タクシーの発見が容易になる
タクベルは、DeNAと神奈川タクシー協会が共同で開発したサービス。Android / iOS向けに無料アプリが提供されている。乗車客にとっては、現在地の周辺を走行中のタクシーをリアルタイムに把握できるため、空車タクシーの発見が容易になる。このほか、指定の場所に配車を依頼する、予想到着時間を確認する、ドライバーに定型メッセージを送る、車内でネット決済する、といった機能に対応。あらかじめクレジットカードを登録しておけば、降車時の支払いや領収書の受け取りもスムーズにおこなえる。


ディー・エヌ・エー 執行役員の中島宏氏は「競合他社もタクシーの配車アプリを提供しているが、旧来の”電話配車システム”をベースに設計されているものが多く、使いづらい。タクベルなら簡単に呼べてすぐ乗れる、無駄な待ち時間がない、ネット決済できる、配車車両を選べる(今夏提供)という、新しい利用者体験を提供できる」とアピールする。

AIを活用した「流し走行ルート」の個別推薦
一方で乗務員にとっては、(今年中を目処に導入される)「需要予測システム」が大きなメリットとなる。これは冒頭で説明した、AIによる最適な「流し走行ルート」の提案のことだ。
仕組みとしては、走行中のタクシー車両から取得する「プローブデータ」(位置情報や速度などをもとに生成された道路交通情報)と、タクシー需要に関する「各種のデータ」をビッグデータに、AIが分析してルートを割り出している(各種のデータには、気象、公共交通機関の運行状況、イベントの有無、商業施設などのPOI情報、道路ネットワーク構造などが含まれる)。各タクシー個別に、リアルタイムに走行ルートを推薦するという。

AIでベテランと新人の売り上げ差は解消されるのか
一般社団法人 神奈川県タクシー協会 会長の伊藤宏氏は、まずタクシー業界が抱える危機感について、次のように説明した。「タクシー業界では、いま深刻な人手不足に陥っている。会社によっては、クルマはあるのに乗る人がいない状況が続いている。安定した経営ができなければ、倒産もあり得る。それが白タク、ライドシェア(相乗りサービス)の呼び水になることを危惧している」。

ドライバーの数が減少した原因は様々だが、そのひとつには「経験の有無が営業成績に直結する仕事である」ことが挙げられるという。ベテランの運転手であれば、時間帯、曜日、天候、エリアで実施中のイベントなど、複合的な情報を総合して、効率よく乗車客を見つけられる。しかし経験の浅いドライバーには難しい。このため、たとえ同一エリアを担当していても、生産性にして約2倍もの格差が生まれるという。
神奈川県タクシー協会では、この探客スキルをAIの需要予測システムで補うことを考えている。経験の浅いドライバーでもベテラン並みに稼げるようになれば、タクシー業界を目指す若者が増え、定着率も安定するとの期待がある。
またDeNAでは、需要の取りこぼしの防止にも役立つと強調する。中島氏は「ある調査によれば、現在の乗車率を100としたとき、タクシーに乗車したいけれど『流しが来ない』『乗り場に長蛇の列ができている』などの理由で諦めている人が、まだ40もいる。この潜在需要を獲りにいければ、乗務員1人あたりの生産性もグンと上げられる」と説明した。

すでに神奈川県内の約半数のタクシー事業者がアプリの導入を決めており、今後も事業者は拡大される予定。またエリアに関しても、今夏には神奈川全域でサービスが利用可能になる。なお県外からも高い関心があり、導入に向けた相談がすでにあちこちで始まっているという。

数千台のタクシーに個別の推薦ルートを案内できるのが、AIの強み
質疑応答、および囲み取材では中島氏、伊藤氏が記者団の質問に回答した。
今回の取り組みで取得したデータは将来的に自動運転カーなどにも活かしていくのか、と聞かれると、中島氏は「基本的に別のサービスだと思っている」と回答。最初にタクベルを導入するエリアとして神奈川を選んだ理由については「神奈川県タクシー協会からお話をいただいたのが、そもそもの始まりだった。強い熱意が感じられた。DeNAとしても(プロ野球の球団を持つなど)神奈川、横浜にゆかりが深い。新しいサービスを始める際に、様々な方の協力が得やすいと判断した」と説明した。

AIの需要検索により、タクシーが一箇所に集まってしまう心配はないのか。これについて聞くと「そこがポイントになる。数千台のタクシーに、同じ案内が届かない仕組みを考えている。AIの高度な処理技術によって、1台1台に最適化された案内を出すことが可能になった」と中島氏。
課題もある。大手キャリアであれば、モバイル端末からビッグデータを収集して、利用者の密集具合や近未来の行動を把握できる(参考:走り出した「AIタクシー」。近未来予測が持たらすもの )。しかし基地局に集められたビッグデータは、キャリアしか取り扱えない。このためDeNAでは「特定の場所にどのくらいの人数が密集していたが、いまはどのくらいまで減った」というような、突発的な人口増減の情報をつかみにくい。
これを、どう補っていくのか。中島氏は「キャリアの集めるビッグデータは有用だと思っている。手に入らないのであれば、ほかのビッグデータで何とかするしかない。(BtoB向けの)サービスで提供されているものを活用することも考えている」と話すにとどまった。