お寺でプログラミングキャンプ!?
つい数日前のことである。
「全国各地のお寺でプログラミングキャンプやりたいんですけど、会場として池口さんのお寺を……」と、浄土宗僧侶の福嶋照空さん(29)が突然門をたたいてきた。
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私と福嶋さんは同じ宗派の僧侶ではあるものの、これまで会話したことさえなかったから、なかなか大胆な相談である。でもだからこそ、深い理由があってのことだろうと期待し、詳しく話を聞いた。
そうすると、福嶋さんは「人生に行き詰った大人が、命を賭けてもういちどチャレンジするための寺子屋をやりたい」と言った。面白いと思った。
というのも、「お寺は昔、寺子屋という学びの場だった」というふわっとした理解から、「お寺で○○教室」のようなプログラムが組まれ、寺子屋がオマージュされることがよくある。これが悪いことだとは言わないが、もともと江戸時代に急速に普及した寺子屋というのは、子供が「読」「書」「算盤」をきっちりと修得して、社会に出ていくためのスキルを修得するための私的教育機関である。そういう意味では、お寺でプログラミング言語の「読」「書」を学んで、社会に出ていくためのスキルを修得するというのは、「寺子屋」がかつて担っていた役割に極めて近しい。
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記号でしかなかったお坊さん
1990年、福嶋さんは、鳥取県境港市の浄土宗光祐寺の次男として生まれた。佛教大学在学中に僧侶資格を取得し、卒業後は総本山知恩院で研さんを積んで自坊に戻った。
父は、光祐寺の住職であると同時に、寺院管理ソフトの開発者としての顔も持つIT僧侶。お寺の跡取りは長男に託したが、次男の福嶋さんに対しても、僧侶としてのスキルとあわせて、高いITリテラシーを持ち、お寺の事業をサポートできるよう期待した。福嶋さんも、HTMLやCSSなどの言語を独学してスキルアップを目指したが、ほどなくして行き詰った。オンラインの講座でプログラミングを学習することも試みたが、これも続かなかった。
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また、お寺以外の業種の人々と交流するためにHIU(堀江貴文イノベーション大学校)に入り、経営者が集うオフ会「鮨会」にも参加したが、ここでもまた挫折が待っていた。
「目に留めてもらおうとわざわざ法衣姿で鮨会に行ったんですが、経営者から見れば単なる“読経できる人”という記号でした。まったく会話が成り立ちませんでした」
地元では、お坊さんであるだけで、認めてもらえた。しかし、HIUではそれとはまったく異質な世界が広がっていた。新しい世界で認めてもらうためには、自分が何者であるかを自分で語れなければならなかった。本格的にIT僧侶の道を突き進もうと志し、HIUでのつながりから、4日間引きこもってプログラミングを集中的に学ぶ「スパルタキャンプ」を光祐寺に誘致することにした。
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プログラミングの壁を打ち破れ
このスパルタキャンプは、もともと、CAMPFIRE代表の家入一真さんが、2013年に沖縄で企画したもの。参加者は、年齢不問、経験不問、職歴不問。みんなで目標に向かい、自由にプログラミングを学ぶための場である。短期間のうちに徹底的に専門家から手ほどきを受けることによって、プログラミング初心者が往々にしてぶつかる「壁」を破れるように設計されている。
実は、この「壁」には、私もぶち当たったことがある。
私は20代半ばの頃、Web系のプログラミングを修得したくて、暇な時間をすべて費やしてPCと向き合い、PHPやMySQLなどを学んでいた。日本語などの言語は多少文法が崩れていても、問題なく会話が成り立つ。しかし、プログラミングの言語は一字一句間違えるとエラーを返す。私は周りに質問できる人もいなくて独学だったので、エラーを解決してプログラミングの世界に馴染んでいくのは極めてつらく、また時間も労した。しかし、一旦慣れると風景は変わる。プログラムはどんどん作れるようになるし、ITによって現実世界を変えていけると実感できるようになる。最初の「壁」を破るのは、プログラミングにおいては極めて重要な課題なのである。
その後、スパルタキャンプは現在までに日本各地で開催されている。なかでも注目すべきは、岩手県八幡平市の展開する「起業志民プロジェクト」に継続的に取り入れられていることだろう。
八幡平市は東北の片田舎にあり、人口はわずか約25,000人。しかし、ITが普及した時代には、プログラミングのスキルを修得すれば、人口の少なさを補うことができる。八幡平市は、スパルタキャンプにかかる費用を全面的にバックアップして開催し、起業を志す者たちを全国から集め、日本中、世界中のどこに住んでいようとも、自由な働き方を選べる、そんな人間を増やそうと試みている。
お寺から人生再チャレンジ
さて、話を戻す。
福嶋さんは、今年2月、八幡平市のスパルタキャンプ卒業生の高橋一真さん(株式会社NEXT REVOLUTION)の協力を得て、お寺で4日間のスパルタキャンプを企画した。どれだけ参加してもらえるか不安だったが、定員の20名を上回る申込があった。
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スパルタキャンプを開催した福嶋さんを待っていたのは、感動的な体験だった。「参加者と話してみると、みんな逃げたい現実があって本気で変わろうと思って学びに来てるんですよね。だから、わずか4日間でもぐんぐん成長していきますし、希望が見えてくるんです」という。そしてこの体験から、「そもそもお寺は修行して自分を変えていくための場。スパルタキャンプを開催することで、お寺を人生に再チャレンジするインフラにしていきたい」と思うようになった。
「転職すると決めて仕事辞めてきた人もいました。その覚悟に驚嘆しましたけれど、お寺が仕事で行き詰った人々を受け入れ、再就職していくきっかけを作れるなら素晴らしいと思います。スパルタキャンプに参加しても、結果的にシステムエンジニアやプログラマーの道に進まない人も多いようですが、それでもプログラムの内側のロジックを知っていれば、今後の人生にプラスに作用することは間違いありません」
福嶋さんのこの熱意に動かされて、私のお寺でも近々スパルタキャンプを開催する予定である。そして、願わくは、各地のお寺もまた、スパルタキャンプに賛同してほしいと思う。全国各地のお寺がスパルタキャンプの拠点になり、厳かな雰囲気のなかで集中力を高めてプログラミングを学べる機会が多くなれば、ITのスキルを修得して巧みに現代を生き抜ける人が増えていくに違いない。
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【著者】池口 龍法
1980年兵庫県生まれ。兵庫教区伊丹組西明寺に生まれ育ち、京都大学、同大学院ではインドおよびチベットの仏教学を研究。大学院中退後、2005年4月より知恩院に奉職し、現在は編集主幹をつとめる。2009年8月に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足させて代表に就任し、フリーマガジンの発行など仏教と出合う縁の創出に取り組む(~2015年3月)。2014年6月より京都教区大宮組龍岸寺住職。著書に『お寺に行こう! 坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)、寄稿には京都新聞への連載(全50回)、キリスト新聞への連載(2017年7月~)など。
■龍岸寺ホームページ http://ryuganji.jp
■Twitter https://twitter.com/senrenja