正社員全員がフリーアドレスで運用
株式会社ネットプロテクションズは、ネット通販の代金後払いサービスを中心に急成長している会社だ。同社の「NP後払い」は、通販で売買が成立すると同社が事業者に代金を立て替え払いした上、購入者からの代金回収を代行するサービス。購入者にとっては、商品が届いてから代金を支払えばよく、コンビニ決済もできるのでクレジットカード情報の入力も不要という安心感がある一方、通販事業者にとっては代金回収漏れの恐れがない。消費者、事業者双方にとってネット取引への不安を払拭できるシステムだ。サービス利用手数料が同社の収益となる。
同社の拠点は、東京の本社と、京都、福岡、台湾の支社。従業員は計約400人で、平均年齢は28歳とかなり若い。東京・麹町にある本社はビルの5~7階の3フロアで計約1000坪。ここに正社員や派遣社員、業務委託スタッフなど約300人が働く。
2018年7月に現オフィスへ移転したのを機に、社員の固定席を設けないフリーアドレス制を導入し、正社員全員についてフリーアドレスとした。本社内の座席のうち、フリーアドレスが200席前後、固定席が120席となっている。固定席が用意されているのは、コールセンター業務を行う派遣社員や、開発業務を行っている業務委託メンバーなど、正社員以外のスタッフと、社長、CTOだけだ。一応、各部署ごとに「本拠地」となる島はあるものの、社員たちはこれにとらわれず、好きな場所で仕事ができる。
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社内を見渡すと、ランダムに配置されている机やいすが、すべてキャスター付きの可動式になっているのが目を引く。リモートワークを導入しているものの、社員の在社率は7、8割とかなり高いという。それでも広々としたオフィスのせいか、空席も目立ち、ゆとりのある印象だ。移転により、本社オフィスの延床面積はそれまでの2.5倍と大幅に広くなった。廊下や窓際にベンチソファが置かれるなど、社内の至る所にコミュニケーションスペースが設けられている。
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「会話」をオフィスのコンセプトに
「最初からフリーアドレス化を考えていたわけではありませんでした」と語るのは、オフィス移転プロジェクトチームの中心となったatoneグループ・シニア・ビジネスプランナーの赤木俊介氏。新オフィスへの移転にあたり、社員個々人がオフィスや会社に対して何を求めているかヒアリングしていった結果、特に若手を中心に多かったのが、「仕事を通して自分の人生でやりたいことをかなえていきたい」という声だった。「そうした志をより洗練するために何が必要かというときに、会話というものを中心に据えようと決まりました。それで『Activity Based Talking』『働くというより話そう』を新オフィスのコンセプトにした」。社内のコミュニケーションをより活発化させるための方法として、自然とフリーアドレスの導入も決まったという。
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フリーアドレス化自体には社内から異論はなかったが、現場からの声を踏まえて設計を見直した点もあった。当初は在社率を踏まえて従業員数の8割の座席があれば十分と考えていたという。これには家賃コストを削減したいとの思惑もあった。だが、社内から「全員が出社したらどうするのか」との意見もあり、調整の結果、全員出社しても座れるだけの座席を確保することになった。
実際にフリーアドレスが導入されてからは、「社員がどこにいるか分からず、コミュニケーションがとりにくくなった」との不満も出た。社内をすべて見渡せる1フロアにできれば望ましかったが、3フロアに分かれてしまったため、別のフロアにいると見つけづらい。携帯電話のGPS位置情報などで社員の居場所を特定できるようにしてほしいとの要望もあったが、この要望ははねつけられた。「スマホを支給しているので、それで連絡すれば解決する話ですから」と赤木さん。
社内のどこでも会議や打ち合わせができるようにしたことで、当初は「仕事に集中したいのに声が気になる」という声も挙がってきた。これに対しては、固定席の派遣社員などについては、オープンなスペースから遠い席にするなど配慮した。「正社員については要望は聞きませんでした。自分が場所を移動すればいいだけなので」(赤木さん)。
些細な工夫が生きる!フリーアドレス設計
「会話」が新オフィスのコンセプトであるだけに、随所にコミュニケーションを活性化するための工夫が凝らされている。
7階に置かれているロッカールームの周囲には社員食堂や畳敷きの和室などがあり、出社した社員がまずここに集まることで、コミュニケーションのフックになる。
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会議室には、ドアがなく外から丸見えの「オープン」や、「セミオープン」、ドア付きの「クローズ」などさまざまな種類が設けられており、目的に応じて使い分けている。もっとも、新オフィスは大幅に広くなったにもかかわらず、会議室の数自体は増やしていない。これは社内のどこでもミーティングができる設計にしたためだ。中にはブランコが同心円状に天井からぶら下がったコミュニケーションスペースなどもあり、リラックスした打ち合わせができそうだ。一方、全体として見晴らしの良いオフィス内にあって、ちょっとした「こもり感」「個室感」も演出できるように、目隠し用の可動式仕切り板も用意されている。
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「コミュニケーションはSlackで」「アクセスポイントも多めに」
フリーアドレスの導入に伴い、対象となる社員全員に高スペックのノートPCを支給した。WindowsマシンであるレノボのThinkPadのほか、エンジニア職など作業内容によってはアップルのMacbookも使われている。実装メモリーは4GBでは心許ないので、8GBまたは16GB。社員たちはこのノートPCを携えて、オフィス内の好きな場所で仕事をする。このため、床には等間隔で電源が配置され、執務机やテーブルも電源タップ付きだ。社内のどこでもAC電源が使えるようになっている。
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仕事内容によってはデスクトップPCのような広い画面も必要になることから、各フロアの入り口付近には共有のディスプレーが何台も常備されている。社員たちは必要に応じて、これを自分が作業をする場所へ持ち出し、HDMIケーブルでノートPCに接続して2画面で作業することもできる。
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仕事に使う資料類は基本的にはクラウドサービス上にある。またオンラインミーティングも行われるので、ネット接続に支障がないよう無線LANのアクセスポイントは各フロアに4、5台ずつ設置されている。だいたい20人につきアクセスポイント1台の計算だ。
社外から代表電話や各部署にかかってきた電話は、各部署ごとの固定席にいる派遣社員などが受け、担当社員に内線でつなぐ。各社員に支給されているスマートフォンにはIP内線電話アプリがインストールされており、社内のどこにいても、また社外にいても、会社宛てにかかってきた電話を内線で受けることができる。
オンラインでのミーティングやメッセージのやりとりには、主にビジネス向けチャットアプリ「Slack(スラック)」を使っている。Slackは簡単にチャンネル(会議室)を立てられ、基本的にメンバー全員が自由に各チャンネルに参加して議論することができるという開放性が特徴だ。「当社では社内に非公開の情報はほとんどなく、全社員に開示されているので、そうした社風にはSlackが合っている」と赤木さん。緊急にミーティングが必要になったら、Slack上にチャンネルを開設し、そこにメンバーを集めてやりとりすることもある。
一方、スケジュール管理はグーグルカレンダー、文書管理はグーグルドキュメントの進化版を使ってきた関係で、これらと親和性の高いグーグルのコミュニケーションアプリ「ハングアウト」も使っている。もともと社内文書は基本的には全社員が閲覧できるようクラウドサービス上に共有されており、ペーパーレス化が進んでいた。
「ファミリー」による新人育成で風通しの良い社風に
せっかくフリーアドレスにしても、社員が特定の場所に固まってしまうようなことはないのだろうか。「あるとは思います。同時に、あってもいいなと思っています」と赤木さん。「人と会わない場所に固定しているようであれば問題ですが、どちらかというと、コミュニケーションが健全に回っているからそこにいるはず。その点はその人を信じて任せてしまえばいいんじゃないかと」。もっとも、部署によってはコミュニケーションが苦手な職人気質の人もいるそうで、そうした部署では「毎回同じ席には座らないように」といったルール作りもしているという。
どんな組織でも部署ごとの人間関係による派閥はできやすいものだが、ネットプロテクションズにはそうしたものはないという。それはこの会社の新人教育の仕組みにも関係している。新入社員が入ってくると、社内のさまざまな部署から新人1人につき4人のサポートメンバーが面倒を見る「ファミリー」という制度が設けられている。これにより部署の壁を越えた斜めの関係性が築かれる。「社内のどこに行こうと、同じファミリーとか同じチームとかで心理的な安心感を抱ける人が要所要所にいる」(赤木さん)。
こうした風通しの良さはフリーアドレスの導入によってさらに強まり、部署間だけでなく一般社員と経営陣との距離も縮まったという。その導入効果を、マーケティンググループ・シニア・プロデューサーの長谷川智之さんは「喫煙所でのコミュニケーション」に例える。「喫煙所に行くと社長とかにすぐ会えて、オンラインのコミュニケーションツールを使うより意思決定が速くできる。その喫煙所と同じような感じがオフィス全体でできるようになった。相談したいことを重くなりすぎず相談できます」
ネットプロテクションズでフリーアドレスがうまく機能しているのは、同社の業務内容によるところも大きい。赤木さんは「うちの会社では、各個人ごとに生産性が上がればいいというものではなく、複数人で共通見解をとらないと仕事を進められないことが多い」と指摘。長谷川さんも「弊社の事業は単独の事業グループだけで固まっていると意思決定しづらいビジネスモデルなので、各部署の連動が重要なんです。その点で、フリーアドレスにしたことで事業の成果を出しやすくなった」と話す。