コロナ渦でさまざまな産業のデジタルシフトが加速していくなか、日本を代表するエンタメ企業サイバーエージェントが提供する「エンタメDX」。
その中核として2020年に設立された株式会社OENの代表取締役を務める藤井琢倫氏にインタビューを実施。サイバーエージェントが掲げる「エンタメDX」についてはもちろん、これからのエンタメ産業の可能性について話を訊いた。
ーーー藤井さんの経歴を教えてください
2006年にサイバーエージェントに入社し、新入社員の頃は代表の藤田のアシスタントとして運転手も経験しました。その後、芸能人ブログ、原宿Ameba Studioの立ち上げに携わり、「Ameba」のエンターテインメント部門長、広告部門長を経て、サイバーエージェントの執行役員に就任。その後、株式会社AbemaTVの立ち上げに参画、現在はABEMAのエンタメDX本部長を務めています。2020年4月に、サイバーエージェントの子会社として株式会社OENを設立しました。
ーーー株式会社OENの立ち上げについて教えてください
コロナ禍でエンタメ業界が大きなダメージを受けている状況の中、サイバーエージェントの「あした会議」(サイバーエージェント内で年に一度開催される最重要経営会議)でこの事業について進言し、会社設立に至りました。当時は6,000億円あったライブ・興行市場が無くなるんじゃないかと言われており、リアルのライブ・興行に代わったエンターテインメントのデジタルシフトを支援していこうというのが会社設立の背景です。
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ーーーオンラインライブの市場は魅力とは言え、当時は前例も少なかったです。どの様に参画したのでしょうか
ABEMAでの立ち上げに取り組んできたのでエンタメ業界、音楽業界の方との関係性があり、各社コロナ渦で既存のビジネスができない状況で「どういうところに困ってるのか」とお話を聞きました。ABEMAではオンラインライブの仕組みを開発していたのと芸能プロダクションの方々の悩みが重なる部分もあり「一緒にライブやりませんか?」とお声掛けをして、ペイパービューによるオンラインライブ配信「ABEMA PPV ONLINE LIVE」を増やしてきました。
ーーー2020年は「ペイパービュー」という言葉がそもそも浸透していない印象です
日本では「ペイパービュー」という言葉自体がほとんど使われていなかったと思います。アメリカだとプロレスやボクシングなどで使われてはいました。2020年まではグローバルで見ても音楽業界ではあまり使われていませんでした。
ーーー最初に行ったペイパービューは?また、購入はどれくらい発生しましたか
K-1DXの特別マッチ「芦澤竜誠を殴りたいやつ、大募集」が最初のペイパービューです。ABEMAプレミアム(有料会員)は徐々に増えていましたが、オンラインのコンテンツに課金する文化はほぼありませんでした。それでも特別マッチ「芦澤竜誠を殴りたいやつ、大募集」ではK-1を見ていた人がそのまま視聴してくれたので想定以上の購入がありました。そのすぐ後に音楽フェスを開催させてもらいました。また世界で史上初のフルバーチャルファッションショー「Tokyo Virtual Runway Live by GirlsAward」をGirlsAwardさんと一緒に開催しました。
ーーー技術的には難しいイメージを持ってしまいますが、サイバーエージェントのアセットを活用すれば実現できるのですね
グループで持っているスタジオの技術、CG制作の技術などのアセットをフル活用して3DCGライブを行いました。
ーーーとはいえ興味はあるがデジタルがよく分からない、エンジニアがいないから諦めているという会社さんがすごい多い印象です。どういう課題が多かったのでしょうか
意外とオンラインライブには積極的に挑戦していたのではないでしょうか。我々含めて日本のエンタメを助けたい、という使命感で多くの企業がオンライン配信のサポートを始めたので、オンライン配信は難なく行われていた気がします。デジタル化に困っているというよりは、コロナ渦で経営そのものに困ってらっしゃる企業が多かった印象です。不安を持っていたり、ライブが全部中止になってしまって穴埋めをしなければいけなかったり。経営的に穴を埋めなければという気持ちでライブをやっている方が多かったように思います。
ーーーオンライン上でコンテンツが売れるというだけでなく、ミッションとしてエンタメ業界を変えていきましょうというスタンスだったのですね。その後、課題やニーズの変化はありましたか
一通りオンラインライブなどを各社がチャレンジして「こういうものなのか」という肌感は得られたと思うのですが「次に何か面白いビジネスチャンスはないか」、「何に挑戦していけば良いか」という相談を受けることが多いです。加えて海外展開についての相談も多いですね。
ーーーオンラインにチャレンジしてボーダーレスに気付いて、で海外にも目が向き始めている企業様が増えているのですね。日本だけだと厳しいと感じているのか、それとも海外に出ていくのは無理な話じゃないんだと気づいたからなのか。どっちが大きいのでしょう
韓国のBTSの事例は業界のモチベーションを挙げているひとつだと思います。BTSが100万人規模でオンラインライブを配信していたり、韓国のファンコミュニティプラットフォーム「Weverse」も成功事例として知られています。自分たちも世界で成功したい、決して無理な話ではないと思っている企業は多いと思います。
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世界人口の78億人のうち1/3の20億人がZ世代で、15兆円もの購買力があると言われています。アジアで見ても2億人以上のZ世代がいる中で日本は1,800万人しかいないんです。そう考えると、マーケットを広げて、アジアや世界に仕掛けていった方が夢があると思いませんか。
ーーーグローバルで戦おうとする時、日本で作ったものを海外に出せば良いのか、それとも作る時からそもそもグローバル視点で作った方が良いのか
断然後者だと思います。日本で作ったコンテンツを、「外国語対応したので海外の人も見てください、買ってください」と間口を広げるだけだと、海外の方々はわざわざ日本には取りに来ないですよね。その国に最適なコンテンツを、台湾なら台湾向けに、タイならタイ向けに、インドネシアならインドネシア向けに、コンテンツ戦略を練って作っていかないと成功しないと思います。
ーーーペイパービューを行っていく中で海外向けの事例はありますか
今年の秋からタイと台湾のチケット会社でペイパービューのチケット販売をスタートしました。まだ実績は少ないのですが徐々に日本のコンテンツをタイや台湾で売れるようにはしています。
ーーーそのコンテンツは日本のアーティストの音楽ライブ?
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LDHさんです。10月に実施したファンミーティングでは、全てタイ語と中国語に翻訳をして、デザインなどもアレンジした上で現地のチケット販売会社にも協力してもらって現地の方への宣伝も行いました。当たり前の話ではありますが、海外でお金を出してもらうためには、コンテンツ、宣伝などひとつひとつ細かく対応していく必要があります。逆に言えば、それが出来るかどうかがグローバル化するときに外せないポイントになると考えています。
ーーー直近のペイパービューで反響のあった事例を教えてください
最近はオンライン上のファンミーティングが反響が良いですね。5曲くらいライブパフォーマンスをしながら、コメントやアンケート機能を活用して「この後何をしてもらいたいですか?」と視聴者の方に呼びかけて回答してもらいながら進行していくライブならではのコンテンツが最近は反響が良いですね。
ーーーオンラインのファンミーティングは、1to1のものと今までのライブようなものとどっちが反響があるのか、気になります。
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ファン目線でいくともちろん1to1がいいと思うのですが、1to1の場合twitterのトレンドにはもちろん入りませんし、話題にはなりづらいと思います。また、東京ドームなどでライブを行うようなアーティストさんの場合費用対効果的にも1to1での実施は中々難易度は高いと思います。
ーーー「ファン」と言っても、ライトなファンもコアなファンもいる。OENの「エンタメDX」ではその辺りの設計も気にしてくれるのですね
今は比較的濃いファンを持っている方々とのビジネスが主流にはなっています。ももいろクローバZさんですと、毎年大晦日にABEMAで配信させて頂いている「ももいろ歌合戦」のような無料で見れる番組があり、ABEMA PPVの定期的な音楽ライブもあり、更にファンミーティングもあることで、濃いファンからライトなファンまで楽しんで頂けるようにしています。更にABEMAを視聴してくれた人にファンクラブサービスの情報も伝えることで、最終的にはファンが集まる構造まで成立させられると思っています。
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ーーー「エンタメDX」を進めていく上でのサイバーエージェントグループならではの強みは?
やはり、ABEMAがあることではないでしょうか。ABEMA PPV ONLINE LIVEがOENの中心事業になるのですが、システムが安定していて障害が発生することなくライブを配信できるといった部分などの信頼していただける環境があることと、既に7,300万ダウンロードされているので比較的多くのユーザーにリーチできること。それと、アニメや声優、格闘はチャンネルがABEMAにあるので、得意なジャンルだと思います。
ーーー今後オフラインイベントへの制限が緩和されてもオンラインも残っていくと思います。ハイブリットになっていく時にOENの「エンタメDX」としてはどういう立ち位置を狙いたいですか
音楽ライブに限らず、エンタメ業界の方々が「インターネット上でこんなことをやりたいんだけどどうやったら実現できるか」といった悩みに対して頼ってもらえる存在になりたいです。かつ、しっかりとビジネスとしても総合的にサービスを提供できている会社でもありたいです。サイバーエージェントグループ全体でそういうことを提供していきたいですね。
ーーー広告、制作、プラットフォーム提供します、と部分でできる会社はありますが、全部まるっと出来る会社はあまりありませんね。
「次世代のエンタメ」、今後の「エンタメの基盤」となるようなビジネスモデルをしっかりと相互的に提供していけるような会社を目指したいです。「令和のエンタメ企業と言ったらサイバーエージェントグループだよね」と言われるような会社にしていきたいです。日本だけでビジネスが出来ていた時代がいつか終わるかも知れないという時のために、世界もそうですし、インターネット上での新しいビジネスを生んでおかないと、という意識をパートナーにも持って頂く必要があります。
ーーーエンタメ業界の経営陣の方に「面白そう」、「これはやる価値がある」と思わせられるかどうかが勝負所ですね
仰る通りです。そういう方々に魅力的に思ってもらえるようなプラットフォームやマーケティングを僕らが持っていないといけません。その上で、ビジネスとしても成功実績を増やしていく必要があります。
ーーー今後の展望やこれからについて教えてください
2022年は本格的にアジア展開を行っていきます。全世界対象のグローバル展開ももちろん考えていますが、その国その国で言語も違えば文化も違います。グローバルとひとくくりにしてマーケティングをしてもどの国にも届かずに終わってしまう可能性があります。まずはタイやインドネシア、台湾などのアジアに絞って、丁寧にマーケティングを行っていきます。
ーーーこれからのエンタメ産業は明るいですか
チャンスしかないと思っています。逆に言うと、今のままだと萎んでいってしまう可能性も高いので、意識改革をして新しいマーケットに皆で挑戦をしていくことができればチャンスは広がると考えています。
ーーーありがとうございました
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