その中でも今年、筆者が完全に失念していた作品が、ドラマ『ザ・オールドマン~元CIAの葛藤』(ディズニープラスのスターで配信中)だ。『ホテル・エルロワイヤル』(2018年)ぶりにスクリーン復帰した主演ジェフ・ブリッジズが、「ゴールデングローブ賞」の「テレビ部門 主演男優賞(ドラマシリーズ)」に、ブリッジズに引けを取らずドラマを盛り上げたジョン・リスゴーも「テレビ部門 助演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)」でノミネートされている。(以下、ネタバレあり)
【ディズニープラス】オリジナルの新作から話題作まで配信中
戦時下の秘密が30年を経て明らかに
本作は、トーマス・ペリーの同名小説を基にしたサスペンス作品。2019年7月に製作することが発表され、順調に進行していたものの、2020年3月半ばにコロナ禍の影響で撮影中止に。同秋に再開となったが、ブリッジズのリンパ腫治療によって再び撮影が停滞。幸い、ブリッジズの癌が寛解したので、2022年2月に再開。想定よりも制作に時間を要していたが、その価値はあったと言えるだろう。6月16日に放送開始されると批評家・視聴者共に高評価を得て、その約一週間後にシーズン2の製作がアナウンスされたのだ。
主人公は、元CIAの工作員で、30年間バーモント州で隠遁生活を送っていたダン・チェイス(ブリッジス)。妻アビー(ヒアム・アッバス)亡き後、喪失感や不安感を抱えながら暮らしていたところ、自宅に侵入者が現れ、殺害。身を隠す羽目になってしまう。潜伏中、ゾーイ・マクドナルド(エイミー・ブレネマン)の部屋を借りたダンは、結局はゾーイも巻き込み、2人は余儀なくパートナーとなり、共に逃亡を続ける。
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一方、FBI防諜担当副長官ハロルド・ハーパー(リスゴー)は、ソ連・アフガン戦争時の複雑な過去から、ダンを呼び寄せる相談役に指名される。ダン捕獲の理由は、政府がアフガニスタンの将軍ファリス・ハムザ(ナヴィド・ネガーバン)からダンの引き渡しを要請されたからだ。ハロルドと行動を共にするのは、彼の愛弟子であるFBI捜査官アンジェラ・アダムス(アリア・ショーカット)とCIA職員レイモンド・ウォーターズ(E・J・ボニーヤ)、そしてハロルドがダン殺害のために雇った殺し屋ジュリアン・カーソン(ベンガ・アキナベ)。しかし、物事の核心へと迫るうち、ファリスには別の目的があることが明らかになっていくー。
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誰が“オールドマン”なのか?
過去と現在が行き来する構成、かつ途中まで明かされない事実も多く、やや難解なドラマだった。しかし、その複雑さゆえに真相が気になり徐々に引き込まれていき、最後の10分間ではまんまと驚かされる。本作の鍵は、タイトルの「ザ・オールドマン」。第1話、ダンが追手の若い男に「くだばれ、老いぼれ(オールドマン)」と言われるシーンがある。ダンこそがオールドマンであり、同年代であるハロルドもオールドマンである可能性へとミスリードさせる内容になっていた。
だが物語半ば、彼ら2人の師匠であるモーガン・ボーテ(ジョエル・グレイ)こそが黒幕のオールドマンであることが示唆される。モーガンは、実はダンの娘エイミーであるアンジェラを、ハロルドの元へスパイとして送り込むというタブーを犯しており、それが明るみにならぬようダンとハロルドの暗殺を目論むなど、事態を引っ掻き回していく。
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誰がオールドマンか、という問いには、親子という関係性も関連してくる。モーガンは、ダンとハロルドのことを必ず“息子”と呼んでいた。ダンとその娘エイミーは密に連絡を取っており、お互い大切に想っていることが都度描かれる。ハロルドは、仕事上で苦楽を共にし、息子夫婦や孫の世話もお願いしていたエイミーを娘同然に思い、エイミーもハロルドを父のような存在として慕っていた。
ダンとハロルドにとってのオールドマンは確実にボーテだ。そう考えると、エイミーにとってのオールドマンは、ダンとハロルド。そして第7話の結末へと繋がっていく。
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シーズン2に期待したいところ
というように、一番注目すべきは親子関係ではあるのだが、ダンとゾーイの関係性も大変良かった。海外ドラマでは、性行為に至るシーンがやたらと多い気がする。関係性を発展させるために自然な流れであるのは分かるのだが、それによって物語がぐんと前進するかというとそうでもないことが多い上、激しいことも多いので、筆者はいつも「また始まったよ…」と冷めた目で観てしまう。
しかし、本作のダンとゾーイの関係性は精神的な繋がりにフォーカスをしており、性行為に至る映像描写がない。最後別れる際にも、ダンがゾーイの額にそっと唇を当てるだけに留まる。過度なスキンシップはせずとも、お互い深く想い合っていることが伝わってくる、美しいシーンだった。ゾーイは勘の良い人物としても描かれていたので、シーズン2でもぜひ活躍してほしい。
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本作では“名前”の重要性についても描かれている。ダンとアビーは隠遁生活のために偽名を使って暮らし続け、エイミーはハロルドの元でアンジェラ・アダムスという名前で勤務。ゾーイはダンと逃亡生活を送ることになり、偽名で過ごすことを余儀なくされる。母親の本名を聞いたことでスパイであることがバレたエイミーは、ダンの考え方を受け継ぎ「名前なんて関係ない」と言う。だが、ハロルドから「名前は選択だ。それは自分を表す旗となる。命を懸けて守るべきだ」と説かれる。
ダンは飛行機で移動中、ゾーイに本名を書かせた紙を水に浸させ、「君の名前は消えてなくなったりはしない。ただしばらくの間その名前を手放す必要がある。このドアを出た時に名前は置いていく。時が来たらまた取り戻せばいい」と話す。そこでゾーイは「この比喩は問題がある。紙を水に浸したら元には戻らない。元の状態に戻すことは不可能」と反論するが、ダンの表情を読み解き、「それがこの仕事の代償なのね」と納得する。登場人物たちがこの先本当の名前を取り戻せるのか、次シーズンで注目していきたい。
【ディズニープラス】オリジナルの新作から話題作まで配信中
■筆者プロフィール
山根由佳
執筆・編集・校正・写真家のマネージャーなど何足もの草鞋を履くさすらいのフリーライター。洋画・海外ドラマ・韓国ドラマの熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。