本作は、悪霊に取り憑かれてしまった主人公ク・サニョン(キム・テリ)が、いつ誰に被害を及ぼしてしまうのかと怯えながら、その悪霊に母を殺された民俗学教授ヨム・ヘサン(オ・ジョンセ)や、刑事イ・ホンセ(ホン・ギョン)と共に悪霊退治に挑むオカルトミステリー。
『シグナル』『キングダム』などを手がけてきた脚本家キム・ウニの手腕が光る、非日常的な題材と謎解き要素が融合した作品である。(以下、ネタバレあり)
■筆者プロフィール
山根由佳 @ymndayo
執筆・編集・校正・写真家のマネージャーなど何足もの草鞋を履くフリーライター。洋画・海外ドラマ・韓国ドラマの熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。
山根由佳 @ymndayo
執筆・編集・校正・写真家のマネージャーなど何足もの草鞋を履くフリーライター。洋画・海外ドラマ・韓国ドラマの熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。
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息つく暇なし! ラスト4話の急展開に驚愕
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8話までの視聴後、筆者は刑事ソ・ムンチュン(キム・ウォネ)&ホンセさながら、それまでに明かされていた情報を整理し、“悪鬼時系列年表”としてまとめた。ヘサンの祖父母が一家の繁栄のため、チュンジン里の女児イ・モクタン(パク・ソイ)を殺害して悪鬼にしたこと。同じ悪鬼がサニョンの父ク・ガンモ(チン・ソンギュ)、その次にサニョンにも取り憑いたこと。そして、悪鬼を退治する方法は、関連する5つの物を禁縄で巻き、悪鬼の名前を赤文字で書いた札を燃やし、その場所に埋めること。……などあり、この先、モクタンに関する5つの物を発見して解決するのだろうと予想していた。
だから、まさか“悪鬼がモクタンではない”という展開になるとは微塵にも思っておらず、9話ラストでは声を上げるほど驚いた。その後に発覚したのが、悪鬼になったのはモクタンの姉ヒャンイ(シム・ダルギ)だったということ。兄がいるため、イ家の第2子である。もともと祈祷師チェ・マノル(オ・ヨナ)によって太子鬼の対象に選ばれていたが、親たちの会話で自身が餓死させられることを知り、無邪気に赤い髪飾りを欲しがったモクタンを犠牲にする。しかし、母は自殺し、父と兄は漁業中に船が沈み死亡。後悔したヒャンイは妹を救おうとするが、妹を目の前で殺された上、結局は悪鬼にされてしまった。
悪鬼の名前さえ分かれば退治が成功、一件落着するかと思いきや、最後まで気が抜けなかったのが本作。11話終わりに事態がまた急変し、新たな退治法を見つけなくてはいけなくなる。どのように終わりを迎えたのかは、読者自身に観賞してもらいたいので割愛しておく。
もはや人間ではなくケダモノ。韓ドラ史に残る悪人たち
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それにしても、主演キム・テリは本当にお見事。『二十五、二十一』の天真爛漫なキャラクターとはうってかわって、悲壮感漂うサニョンと、恨みを原動力に欲望のまま行動する悪鬼の演じ分けが素晴らしかった。悪鬼の時に浮かべる悪意に満ちた笑顔や、粘着質な喋り方。殺人後に無邪気に踊り、喉の渇きに耐えられずに暴走する姿。見た目は同じなのに、怯えて過呼吸状態に陥るサニョンとは全くの別人だ。おどろおどろしい造形や劇中音などではなく、彼女の内側から湧き出る表現力に震えた。毎話、憑依されたサニョンが映るたび緊張感を覚えたものだ。
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ヘサンの祖母ナ・ビョンヒを演じたキム・へスクも圧巻だった。へスクと言えば、数えきれないほどの作品で母や祖母役を演じてきた大ベテラン。昔、映画『渇き』の“瞬きのみ”の演技に度肝を抜かれたので、ヘサンの祖母役として登場した時から期待を抱いていた。絨毯のようなドレスを鎧のように身に纏い、ライオンのタテガミさながらに逆立てた髪型に、真っ赤な口紅と爪先。そして、その見た目に負けない威厳。調度品に囲まれた豪邸に籠り、笑顔を見せない冷酷なキャラクターである。幼いヘサンにも、大人になったヘサンにも、まるで他人のように突き放して接するビョンヒは、何も言葉を発さずとも只者ではない雰囲気。それゆえ、サニョンが一族の秘密を探ろうと電話をした時や、側近に裏切られたことを知った時の発狂ぶりは恐ろしかった。自身の富のために悪鬼を生み出し、夫、息子、孫も差し出した真の黒幕に相応しい、極悪人であった。
もう1人、恐怖心を抱いたのは祈祷師マノル。演じたのは、『100日の郎君様』などのオ・ヨナ。ヒャンイを罠に嵌めてニヤつき、返り血を浴びながら大口を開けて笑う姿には背筋が凍った。上品な顔立ちゆえ、無慈悲な言動が余計に際立っていたと思う。
毎話表示される「自殺描写があります」の意味
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テリ、へスク、ヨナの怪演、そして“扉”などを活用した演出もあり、本作はホラーエンタメ作品として大いに楽しめた。しかし、それ以上に心に残ったのは「生きること」についての強烈なメッセージ性である。
悪鬼にさせられたヒャンイは、水を飲まずに7日間も生きていた。一般的に人が水なしで生きられるのは3日から7日と言われていることから、彼女がいかに“生”を渇望していたかが分かる。そしてヘサンには、こう懇願していた。「お前らはすぐ死にたがる。サニョンも同じだ。“寂しい”、“つらい”って死のうとしていた。本当の寂しさとつらさなんか知らないくせに、甘ったれたことを言って人生を放棄しようとした。それなら私が生きる。血がにじむほど努力してできなかったことをやり尽くす。だから私を生かしてちょうだい」
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悪鬼の殺人手口は、毎回同じだった。手首に赤いアザを付け、自殺させるというものだ。毎話、冒頭に注意喚起の記載をしてまで“自殺”の描写にこだわったことに作家の強い意図を感じる。韓国の自殺率は、経済協力開発機構(OECD)加盟国中3位で、人口10万人あたりの自殺死亡率で言えば1位だ。以前、同国の友人に「韓国ではステータスを周りに誇示する人が多い」と聞いたが、その分、自身を周りと比べて卑下する人も少なくないだろうと感じた。
振り返ると、1話目の冒頭、朝から晩まで配達アルバイトをするサニョンが雑踏の中で聞こえるのは「会社を辞めたい」「休みたい」という話し声。そして夜、サニョンは橋の上で立ち尽くし、美しい高層ビル群を眺めた後、絶望的な表情で川を見つめる。不安障害の母を支えながら生活をするため、成功する同級生に見下され、職があるのに軽々しく手放そうとする他人を羨みながら、掛け持ちアルバイトに追われる日々。そして取り憑かれたことで、サニョンは気づく。悪鬼は富と引き換えに大切なもの--最初に家族を奪い、そして最終的にその人物を死に追いやる。自身を蔑んでいたサニョンは、富を求めることにより、自分で自分を殺そうとしていたのだ。
劇中、サニョンが視力を失っていくという設定も、自分の物差しで人生を決めていくことへの恐れの比喩だったのではないかと思う。人生は辛いことの連続だが、作品を通し、自分の意思で自分らしく生きることについて考えさせられたのであった。
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