■筆者プロフィール
山根由佳
編集者・校正士・写真家のマネージャーなど複数の草鞋を履くフリーライター。洋画・海外ドラマ・韓国ドラマの熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。X(Twitter):@ymndayo
山根由佳
編集者・校正士・写真家のマネージャーなど複数の草鞋を履くフリーライター。洋画・海外ドラマ・韓国ドラマの熱狂的ウォッチャー。観たい作品数に対して時間が圧倒的に足りないことが悩み。ホラー、コメディ、サスペンス、ヒューマンドラマが好き。X(Twitter):@ymndayo
感動ストーリーと激しいアクションの畳みかけで心揺さぶりまくる後半戦
15話後半、子どもの学校について不審に思ったイ・ミヒョン(ハン・ヒョジュ)とチャン・ジュウォン(リュ・スンリョン)は、担任教師チェ・イルファン(キム・ヒウォン)を訪ねる。同時期に北朝鮮からの刺客も学校を訪れ、大決戦の予感をもたらしていた。そして16話。遂に戦いが始まるかと思いきや、イルファンの過去が丁寧に紹介されはじめたのは、何とも嬉しい肩透かしだった。
彼は軍人だった頃ジュウォンに命を救われたことがきっかけで、「ブラックに携わる仕事がしたい」と国家情報院ミン・ユンジュン(ムン・ソングン)に直談判。次世代能力者を見出し育成することを真の目的としたチョンウォン高校にて、体育教師となり生徒を管理する任務を与えられる。「主観的で私的な感情は判断力を鈍らせる。冷静に判断し要らぬ感情を捨てろ」と釘を刺されるが、教え子たちとの信頼関係が生まれるうち、いつしか“本物の教師”になっていく。舞台が現実に戻ると、最初は静かに、そして終わりには学校が崩壊するほど激しい戦いが繰り広げられていく。そんな中、能力を持たざるイルファンは果敢に能力者たちに立ち向かう。すべては生徒を守るため。親子愛以外の形でこんなにも目頭を熱くさせられるとは予想だにしなかった。
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さて、組織に見つからぬよう身を隠していた能力者親子たちだが、刺客たちの登場により各々本領を発揮。危機に陥ったチャン・ヒス(コ・ユンジョン)を助けるため完全覚醒したキム・ボンソク(イ・ジョンハ)の姿は、ガラスを活用した映像や浮遊感ある電子音楽の効果もてきめんで、本作のハイライトの一つに。ヒスと協力して敵を倒し、そのまま青春を謳歌するところまで含めて最高だった。
一方で、「子どもを守るためには親は怪物にもなる」と言うミヒョンの目は鋭く、全く無駄のない動きで着実に敵を仕留めていく。ジュウォンは顔面が赤黒く変色するほど攻撃されても、異様な精神力で何度でも復活。最愛の息子イ・ガンフン(キム・ドフン)を傷つけられたイ・ジェマン(キム・ソンギュン)の攻撃力は天井知らずに。この長い夜の戦いの合間には、それぞれの愛する者たちとの記憶も時折映し出される。派手なアクションシーンによってアドレナリンが分泌され、幾多の回想シーンによって心打たれた。
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「参ったな」と思ったのが、敵側の物語もまた感動的だったことだ。良心の呵責に苛まれつつも作戦遂行を目指す指揮官キム・ドクユン(パク・ヒスン)。家族のため嫌々ながら最高人民戦士になった怪力能力者パク・チャンイル(チョ・ボクレ)と飛行能力者チョン・ジュンファ(ヤン・ドングン)。「苦痛を知らぬ者だけが最高人民戦士となれる」という指導のもと、精神と肉体を強靭化させられた大男クァク・ヨンドク(パク・グァンジェ)。そんなヨンドクとささやかな友情を育んだ摩擦能力者リム・ジェソク(キム・ジュンヒ)。
北朝鮮側も一人ひとりに様々な事情があり、権力者たちのエゴで踊らされ不毛な戦いを繰り返すしかない彼らの状況に胸が痛んだ。
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ストーリーテラーKang Fullの才能に脱帽
Fullは原作を軸に立体的な『ムービング』ワールドを築き上げたが、それに一役買っているのが、前回の記事(韓国ドラマ『ムービング』結末は原作と異なるものに!90年代に南北で何があったのかが鍵に?)でも触れたように、ドラマオリジナルキャラクターたちの存在だろう。その筆頭が、アメリカからの刺客フランク(リュ・スンボム)とボンソクと仲の良いバスの運転手“イナズママン”ことチョン・ゲド(チャ・テヒョン)だったが、最後の最後にリム・ジェソク(キム・ジュンヒ)というとんでもない人物も投下。「Kang Fullにはまだ引き出しがあるのか」と驚かされた。
実は漫画版において、指揮官ドクユンは無慈悲な男であり、異能力者たちを人間兵器にするためにはいかなる手段を選ばない人物だったため、最終的にヨンドクから見放され落下死する。そのため、ヒスが遭遇した時にヨンドクが泣いていたのは、久々に(もしくは初めて)人の温かさに触れたからだ。しかし、ドラマ版のドクユンは仲間想いの指揮官という設定のため、ヨンドクがヒスと遭遇した際になぜ泣いているかの理由づけのためにも、ジェソクという新キャラを登場させたのだろう。結果、ジェソクの存在は戦いをさらに盛り上げ、また敵であれども同じく心ある人間なのだと訴えかけることに成功している。
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ドラマ版により深みを与えている改変と言えば、ジュウォンの物語も挙げられる。彼は漫画版でも、極道の世界に身を置き“怪物”と呼ばれているが、工作員に転身する経緯は異なる。除隊を目的に非武装地帯で危険な行動を起こして再生能力を発揮したことで、国家情報院にスカウトを受けたという設定となっている。また、妻ファン・ジヒとの詳しい馴れ初めは明かされておらず、“長年そばにおり一緒に幸せな家族を築いたが交通事故で亡くなった”という情報のみだ。
ドラマ版では、ジュウォンは仲間たちに裏切られて追われる身となり、その能力の確認のため血祭りにされた後、組織へ入ることになる。ジヒ(クァク・ソニョン)は、彼の住む安宿に出入りするチケット喫茶(出張売春)の女性として登場。方向音痴のジュウォンが人生でもその場でも道に迷って途方に暮れていた際に彼女が優しく接したことで、2人の純愛物語が生まれていく。女性慣れしていないジュウォンがジヒに一途に猛アタックし続け、彼女に危機が迫った時には“ハルク化”。周辺地域も巻き込む逃避行を展開した後、ジュウォンは一時期消息不明になるが、ジヒのもとには迷わずに戻ってくる。結婚後も仲睦まじく、途中からはヒスも加わり幸せな家族になった。
彼ら一家の物語だけでも単独映画ができるほど濃厚に肉付けされていたため、その上で迎えたジヒの死にまつわる描写はより悲劇性が際立つものになっている。コワモテなジュウォンが脇目も振らず、大声で泣きながら葬式の準備を進める姿を見て、筆者は完全に打ちのめされてしまった。
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高まるシーズン2への期待
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Fullは最終話直前、「想像力を限界まで引き上げ、原作とは違う結末を描いた」と言及していた。実際のところどうだったのかというと、漫画版では、北朝鮮側はドクユンより上の黒幕はいないためその後の描写は特になく、韓国側の黒幕ユンジュンはキム・ドゥシク(チョ・インソン)に殺されることもなく、今後も同体制が続きそうな予感を残して終わりを迎える。ヒス、ガンフン、ボンソクは、それぞれ独自の道を歩んでいく。彼ら3人を取り巻く環境はどちらもほぼ同じだが、ドラマ版ではシーズン2への伏線が張られている。
漫画版同様、ガンフンは高校卒業後、国家情報院に入社。彼がユンジュンへ挨拶を済ませた後、同級生でヒスの友人であるシン・へウォン(シム・ダルギ)とすれ違い、彼女も組織の人間であることが判明。しかも、あのユンジュンの上長である。その後、ドゥシクがユンジュンを、ジュウォンが校長(探しの名人)チョ・レヒョク(ユ・スンモク)を殺したことで、能力者たちに平和が訪れたように見えた。しかし、ミヒョンとドゥシクが共に参加していた“カモメ作戦”を指揮していたマ・サング(パク・ビョンウン)がユンジュンの後釜として就任。単に首が挿げ替えられただけで、組織の悪しき部分は継続されていきそうであった。
また、ジュウォンに殺られたかと思われていた刺客フランク(リュ・スンボム)が生き延びていたことも判明。さらに、CIAが新たなる暗殺者イライアスを送り込もうとしていることが示唆される。この先の展開の鍵を握るであろうへウォン、サング、フランク、イライアスはすべてドラマ版オリジナルキャラクター。シーズン2が制作されるとしたら、その際には漫画版ファンも初見となる、完全オリジナルストーリーになることであろう。
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青春、ロマンス、コメディ、ノワール、ミステリー、アクションなど多彩な表現を使い、家族、恋人、友情、師弟など様々な愛情を描いたヒューマンドラマ『ムービング』。画面にどーんと映し出される粋な作品ロゴにワクワクする水曜日がもうやってこないのかと思うと、とてつもなく寂しい。時間がかかるとしても、ぜひシーズン2を制作してほしいと心の底から願わんばかりだ。
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