SL広場から延びる飲屋街・新橋西口通りを抜け、少し落ち着いたエリアに佇んでいたのが、「鮨処 一石三鳥」。黒く細長い建物が、“大人の隠れ家”な雰囲気を醸し出している。
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「いらっしゃいませ」と温かく出迎えてくれる店員さんたち。室内はカウンター13席のみだが、その分、どの席に座っても、職人たちの包丁捌きや握りっぷりを観察できる構造になっている。BGMのジャズに心ほぐされ、これからの展開が楽しみに。
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メニューは、鮨13貫と料理8品の「一石三鳥コース」(13,000円)と、鮨8貫と料理8品の「おまかせコース」(8,800円)の2種類。今回実食したのは、「おまかせコース」にマグロ3貫がプラスされた特別なメニューだ。
最初に登場したのは、「海人さん手作り このわたの茶碗蒸し」。千葉産の朝採り卵を使用し、カツオの一番出汁のみで仕上げたシンプルなメニューで、甘さは控えめ。ちょこんと載ったコノワタ(ナメコの腸の塩辛)の塩味が、食欲を掻き立てる。
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次は鹿児島産「初ガツオ」と愛知産「平貝」の2種盛り。漬けてある「初ガツオ」はもってり濃厚だが、福井産地ガラシがアクセントに残る。炙ってある「平貝」は繊維の食感が楽しい。
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お待ちかね、お鮨がスタート。静岡稲取産「金目ダイ」は、脂がかなり乗っていてほんのりと甘い。千葉産「スミイカ」は、お醤油でさっぱり、ワサビが良い塩梅で鼻に抜けていく。京都舞鶴産「アジ」も、分厚くて食べ応えあり。富山産「白エビ」は、口の中でどろりととろけ、思わず顔がほころぶ。お米一つひとつの粒感も立体的に感じられる、新感覚の体験だった。
シャリにも、もちろんこだわりが詰まっている。お米は、新潟の鮨専用米と飯米「新之助」をブレンド。一方のお酢は、愛知新浜のお酢屋「一梅酢」のもので、米粕を27年発酵させた赤酢と100%純米酢をブレンド。酸味は控えめだが、お米がほど良くお酢を吸うように仕立てている。それにより、最初は魚の味、次にお米の味、そして最後に酸味を感じられるようになっている。
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鮨たちに舌鼓を打ちつつも、カウンター内で繰り広げられる工程にも魅了される。特に気分の高まりを感じたのは、「ホタルイカのなめろう」の準備の時だ。富山産ホタルイカと共にまな板の上に現れたのは、北海道産バフンウニ。それを“繋ぎ”として使うのだからかなり贅沢である。細かく刻み混ぜ合わせるリズミカルな動きに、目が釘付けに。そして完成品は絶品! くどくない甘さに粒々の食べ応えで、お酒のアテにぴったりだ。
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我慢できず、ここで日本酒を解禁することにした。お任せ注文でやってきたのは、富山産「満寿泉」。辛口でガツンとくるので、鮨や料理に合わせてちびちび呑むのにちょうど良い。大将が富山出身のため、当面は「満寿泉」を提供していくが、今後は全国各地の銘柄の日本酒を揃える予定だという。
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抜群のタイミングで、佐賀唐津産のナマコを使った「素潜り漁師直送赤ナマコ酢」が運ばれてくる。実は不気味な造形が苦手で今まで食わず嫌いだったため、図らずも人生初ナマコである。コリコリとした食感ととろみが独特だったが、大根おろしや柚子でさっぱりとしており、日本酒に合う。ナマコへの恐怖を克服することができた。
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再びお鮨へ。九州天草産「小肌」は酸味がほど良く柔らかい。この日の赤貝として選ばれた北海道産「アオヤギ」は、ショリショリとした食感が特徴的。オレンジの色合いにぴょんと飛び出た部分が尻尾のようで、見た目も華やかだ。
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少し風変わりな小皿に盛られて出てきたのは、ほんのり温かくて豊かな味わいの「アン肝の甘辛煮」。食器について尋ねてみると、スタッフ全員で築地へ行き、皆の個性や感性、フィーリングで決めているそう。「このメニューに合う食器を」と、メニュー先行で選ぶこともあれば、「この食器に合うメニューは何だろう」と、逆に食器がメニューにインスピレーションを与えることも。「ホタルイカのなめろう」で使っていた魚の漢字が記されたお皿は、お造りなど、ど直球な組み合わせではなく、あえてなめろうに使ったことで、パンチを効かせたという。「(あのお皿の)漢字が全部読めたら10%引き!」と、実現したら嬉しいジョークも飛ばして教えてくれた。
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着席者全員が思わずカメラを構えたのは、「鯖棒鮨」の炙りシーン。丸く整えられたサバがぼぉっと焼き目を付けられる光景が、店内に高揚感をもたらす。これまで同様、目の前のお皿に載せるか、お皿に載った状態で運ばれてくるか、と思いきや、まさかの手渡しスタイルで驚き。脂乗りまくりなサバと海苔のパリパリ感も絶妙な組み合わせだった。ちなみに江戸前鮨は“握り”、関西鮨は“箱鮨”や“棒鮨”と言われており、同じ「一石三鳥グループ」で先にオープンした大阪の鮨屋「鮨 豊」との繋がりを意識し、棒鮨をメニューに取り入れたという。四角ではなく丸くしたのはオリジナル。海苔は食べやすくするため、とのこと。
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後半に差しかかり、ホッと一息、あったかメニューが挟まれる。「神経〆マダコの桜煮」は、岩手大船産マダコを桜の花びらや葉っぱと一緒に煮たもの。味がしみしみで柔らかい。島根宍道湖産シジミを使った「シジミ汁」は、出汁、お酒、塩、薄口醤油で仕立てており、出汁がかなりしっかり効いている。これが飲み放題というのだから、永遠にお酒を飲み続けられそうだ。
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「シジミ汁」で口の中がリセットされたところで来たのは、本日の白身。五島列島産「天然真鯛」はスダチをポン酢に見立てて絞っており、ほんのり爽やかだった。続いて登場した愛媛産「イサキ」は、お湯を通して皮まで食べられるようになっており、細やかなこだわりを感じる。
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ここからは、鮨と言えば外せぬ“マグロ”の時間に突入する。仕立てる前後にマグロを見せてくれ、店内が色めき立つ。ちなみに「鮨処 一石三鳥」が高コスパな理由は仲卸業も展開しているからなのだが、マグロのみ、国内屈指の仲卸「やま幸」と取引しているとのこと。
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宮崎産「カジキマグロ」の漬けは、削った柚子をシャリに忍ばせる技が光っており、さっぱりとした後味。「やま幸マグロの山かけ」は、トロロがマグロの臭みを和らげつつ、旨みを引き立てている贅沢な一品。神津島産本マグロの「赤身」は、ねっとり柔らかで濃厚。「中トロ」は常温に戻しているので甘さが際立ち、最後に口に残る酢が爽快さをもたらしている。
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がらりと雰囲気変わり、対馬産「アナゴ」が登場。こちらは、口の中で身がほどけていき、アナゴ本来の旨味を感じられる一品に。脂乗りが時期によって異なるため、日々、炊き方を変えるという。シャリと同じ温度にすることで生臭さを軽減させているのも職人のこだわりだという。
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最後の“締め”に登場したのは、何と「蒸しタマゴ」。冒頭の茶碗蒸しと同じく千葉産の朝採り卵を使っているが、こちらはサバ出汁で仕上げたもの。甜菜糖の自然な甘みとツルンとした歯触りがプリンのようだが、背後にサバ出汁が潜んでいることで“和”っぽさも感じる、不思議なメニューだった。
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ここまで読んで薄々勘づいた方もいるかもしれないが、筆者は美食家ではない。高級鮨屋に行ったのは生涯3回だけで、普段はチェーンの回転鮨に好んで足を運んでいる。高級鮨屋に行かない理由は、単に「高いから」というのもあるが、頑固そうな鮨職人の醸し出すオーラに緊張してまで食べたくないから。
しかし、「鮨処 一石三鳥」の取材で、高級鮨屋へのイメージが覆った。照明やBGMなどお洒落でリラックスできる環境に、和やかな店員たち。作業をじっと観察して無言でいても、気まずさはない。鮨への無知さが露呈する質問をしても、時には冗談を交えながら丁寧に回答をしてくれ、終始楽しい気持ちで食事ができた。英語ができるスタッフもいるので、今度海外の友人が来日する際など、ぜひ再訪したいと思う。
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鮨処 一石三鳥
住所:港区新橋4-20-2新橋フォーワンビル1F
営業時間:16:30~23:00
定休日:水曜日