「これからもええ芝居してください」
MCの鶴瓶が話しかけると、佐藤二朗は言葉を詰まらせて「有難うございます」と手で口を覆った。
「これ初めて言う…テレビで」。そう話し出した内容は、佐藤二朗が24歳の頃の出来事。文学座で劇団員になれず、無人塾という養成所に入った佐藤。そこは渡辺えりの「劇団3○○」の養成所。卒業公演のオールドリフレインという戯曲で主役をやるはずだった。「ふつうだったら1ヵ月くらいなんだけども、(無人塾は)半年くらい稽古やるんですよ。僕、主役の市助って役で、非常に観念的な役で…ちょっと(自分が)おかしくなっちゃって、しかも本番の初日の直前…前日に、明け方の5時までどうしてもうまくいかない長台詞があって、3ページくらいの長台詞なんですけど…今だったらビール飲んで寝ちゃうんだけど、その時23~4歳で、とにかくなんとかしなきゃと」。主役というプレッシャーなのか「どんどんおかしくなっちゃって、新大久保の駅で降りたり乗ったりを繰り返してたんです。で集合時間が過ぎて、完全に俺人生終わったって思って」。佐藤二朗はそのまま公演をドタキャンし、カプセルに泊まった。しかしカプセルではなくボロ雑巾のように廊下に寝てたという。家には留守電が何百件と入っていた。
渡辺えりは劇団員を集めて佐藤を探させ、母親にも電話。佐藤は「今でも話すと泣きそうになっちゃうけど」として話を続け「えりさんは、母親に『預かっている大事な二朗君をこんな風にしてしまいました』と。えりさんが全然理由じゃないんですよ。『我々も今探してます』と」。劇団員の人達もアパートにやってくる騒ぎになったが、佐藤はゲーセンでテトリスをやってたという。
母親と会った佐藤は、はじめて回らない寿司に連れてってもらい、その場でわーわー泣いたという。「店員もいるのに何事?と思っただろうね」(佐藤)とさとうは振り返る。その数日後、佐藤は渡辺えりの家に謝罪に行ったが、渡辺は目玉焼きを作ってくれた。「こうやってまた会うことができてよかった」と渡辺は言い、何も責めずに料理をふるまってくれたという。「だから渡辺えりは一生頭が上がらない恩人だ」と、佐藤は涙声になった。
佐藤のこの舞台のドタキャンエピソードは、これまで渡辺も内緒にしてきたという。ちなみに、現在の妻はその無人塾で出会った人で、代役(土屋良太)をたてて公演したその戯曲にも出演している。「その公演はビデオもあるんですよ。立ち直ったから観せてと言っても、妻は絶対観せてくれない」と話した。