「BOW AND ARROW」羽生結弦のスケーティングはどこがすごい? 4回転ルッツやフライングシットスピンに込めた想い | RBB TODAY

「BOW AND ARROW」羽生結弦のスケーティングはどこがすごい? 4回転ルッツやフライングシットスピンに込めた想い

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米津玄師「BOW AND ARROW」  羽生結弦 Short Program MV  サムネイル
米津玄師「BOW AND ARROW」 羽生結弦 Short Program MV  サムネイル 全 9 枚
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 米津玄師の楽曲「BOW AND ARROW」のミュージックビデオにて、羽生結弦がスケーティングを披露したことが話題を呼んでいる。この動画に関して、ライター・長谷川仁美によるスケーティング内容の解説が公開された。

 同楽曲はTVアニメ『メダリスト』のオープニング主題歌として、米津が書き下ろした1曲。MVでは羽生が原作を読み込み、自ら振り付けを行ったという。競技で使用されるショートプログラムを想定した内容となっており、高難度の技も組み込まれている。

 以下では、長谷川によるスケーティング解説の一部を抜粋して紹介する。

■シットツイズル
音楽が始まって数秒後、中腰の体勢のままぐるぐると激しく回転しつつ進む技がある。「米津玄師 × 羽生結弦 – BOW AND ARROW対談」にて、羽生さんが「僕が代名詞として使っている振り」と言っていたもので、「シットツイズル」と呼ばれることもある技だ。

17歳の羽生さんが初出場して銅メダリストになった2012年世界選手権(ニース)のフリー『ロミオとジュリエット』(通称:「ニースのロミジュリ」)ではステップシークエンスの一部として組み込み、2014年にソチオリンピックで優勝したときのエキシビション『WHITE LEGEND』では、穏やかに長く見せてきた。

今回の「BOW AND ARROW」のシットツイズルは、ぎゅんぎゅんと力強い。しかも猛スピードで進んでいく。こんなシットツイズルは、これまでに見たことがない。爆速シットツイズルから始まるプログラムへの期待が、高まっていく。

4Lz(4回転ルッツ)
最初に跳ぶジャンプが「4回転ルッツ」だ。4回転ルッツは難易度が非常に高く、試合で成功させられる選手は非常にわずかだ。4回転ルッツを日本人として初めて公式戦で成功させたのは、羽生さんだ。平昌オリンピックシーズンの2017年10月、GPシリーズロシア大会のフリーで、代表作でもある『SEIMEI』の冒頭で跳んだ4回転ルッツは、1.14点の加点を受けるすばらしい出来だった。

ただ、その先に、大きな事態が待っていた。翌11月のNHK杯の練習中、羽生さんは4回転ルッツで転倒。ジャンプの着氷の足である右足の靱帯を損傷してしまう。NHK杯への出場を断念。同時に、史上初の5連覇の可能性のあったGPファイナルへの進出もなくなった。12月の全日本選手権も欠場。2連覇をめざす平昌オリンピックまで、氷の上に乗ることもままならない日々が続くことになったのだ。慎重な練習を重ねて臨んだ平昌オリンピックで、奇跡のような演技を見せて2連覇を果たしたのだが、4回転ルッツは組み込まなかった。

スケーター人生に大きく関わるほどの大けがのもとになった、4回転ルッツ。羽生さんが、次にこのジャンプを公式戦で見せるまでに、約2年の年月が経過した。2019年12月のGPファイナルのフリー。4回転ループ(2016年に羽生さんが史上初めて成功させた高難度ジャンプ)とともに、4回転ルッツもきれいに着氷させている。

たった数秒のジャンプの中に、それほどの意味と歴史がある。そんな4回転ルッツを、プロアスリートになり2年半ほど経た今、見せたのが、「BOW AND ARROW」なのだ。

「BOW AND ARROW」「メダリスト」こだわりの表現
難しいジャンプは体力のある序盤で跳んでおきたい、そして最長2分50秒の中で7つもの技術要素を見せなければならない。そんな思いから、通常は、ショートプログラムの1つ目のジャンプはスタートから20秒付近で跳ばれることが多い。2連覇した平昌オリンピックでも、スーパースラムを達成した2020年四大陸選手権でも、羽生さんはスタートから23秒くらいのところで最初のジャンプを跳んでいる。

それなのに、「BOW AND ARROW」の最初のジャンプ(4回転ルッツ)を、羽生さんが跳ぶのは、動き出しから45秒あたりのところだ。これは、アニメ『メダリスト』のオープニング映像で、狼嵜光がジャンプを跳ぶタイミングに合わせているからだという。とはいえ、ここで最初のジャンプを跳ぶということは、残り約2分で6つもの技術要素を見せなくてはならないということになる。それでも羽生さんは、そう選択した。

そしてまた、このプログラムに4回転ルッツを入れた理由の一つとして、『メダリスト』で夜鷹純が4回転ルッツを跳んだということも挙げていることから、『メダリスト』という競技フィギュア作品へのリスペクトが、ひしひしと感じられる。

3A(トリプルアクセル)
2つ目のジャンプが、トリプルアクセル(3回転アクセル)だ。普段から羽生さんのトリプルアクセルは安定しているため、今回のこのジャンプは簡単……かといえば、そんなことはない。

短い助走からすぐに、「カウンター」という難しいターンを見せ、そのままトリプルアクセルを跳ぶ。つまり、後ろ向きからひゅっと前向きになった瞬間、タイミングを待ったりせずにすぐトリプルアクセルを踏み切る、ということだ。これは、前に振りむいた時の足元が安定しにくいため、難しい跳び方になる。さらに、トリプルアクセルを降りた瞬間には、星のきらめくような音に合わせて着氷したその足でツイズル(片足でくるくる回る技)を入れている。

これら一連の流れを、(今回はいないけれど)ジャッジの目の前の位置で跳んでいる。競技会では、ジャッジの目の前では特にミスをしたくないもの。しかも、フェンスに近いので、恐怖心もある中で跳んでいる。このトリプルアクセル界隈には、難しいものがてんこ盛りにされているのだ。

FSSp(フライングシットスピン)
『メダリスト』ファンにはおなじみの「フライングシットスピン」。このスピンは、主人公 結束いのりが見せた技として、「ブロークンレッグ(フリーレッグを横に突き出すポジション)」も入れて組み込んでいる。

ただし、ここで終わらないのが羽生結弦だ。途中のブロークンレッグのあとに、「シットバック(シットビハインドともいう。フリーレッグを、氷についている軸足の後ろに位置させる)」という難しいポジションに移行。しかも、スピンを終えたあとは、ニースライドで膝立ちしており、どこか『メダリスト』の登場人物「夜鷹純」のような雰囲気も醸し出している。

4回転サルコウ+3回転トウループのジャンプコンビネーション
2つのジャンプを連続して跳ぶのが、ジャンプコンビネーション。「BOW AND ARROW」では、4回転サルコウ+3回転トウループを“プログラムの後半に入れている”。これが難しいのだ。

「BOW AND ARROW」で4回転サルコウ+3回転トウループを跳ぶのは、スタートから約2分のあたり。ここまでの間、羽生さんはほぼずっと全力疾走しているような状態で、そこから4回転+3回転を跳ぶのだ。非常にきつく難しいことは、想像に難くない。

さらに、このジャンプの難しさには、ショートプログラムというものの特性も関係してくる。ショートプログラムでは、ジャンプを3つ……ものすごく簡単にいうと、1つはアクセル、1つは単独ジャンプ、1つはジャンプコンビネーション……跳ぶことが決められている。

ジャンプコンビネーションというのは1つ目のジャンプできれいに着氷できないと2つ目のジャンプを跳べないものだ。そのため、できれば、ショートプログラムの最初のジャンプをコンビネーション予定にしておき、それがもし失敗してコンビネーションにならなくても(単独ジャンプとカウントされる)、その後の単独ジャンプの後ろにもう1つジャンプをつけてコンビネーションジャンプにすればいいと考えてジャンプ構成を組むのが、通常だ。今回のように3つ目のジャンプをコンビネーションジャンプにすると、ここで失敗してジャンプをコンビネーションにできなかった場合、そのジャンプはショートプログラムでの要件を満たさなくなり、無価値0点になり得点が大幅に下がってしまうからだ。

にもかかわらず、「BOW AND ARROW」で羽生さんは、3つ目のジャンプをあえてコンビネーションにしている。ここから感じられるのは、「ここでは絶対に失敗しない」という絶対的な自信だ。

平昌オリンピックでのコンビネーションジャンプ
羽生さんが2連覇した平昌オリンピックのショートプログラムで跳んだジャンプは、4回転サルコウ、トリプルアクセル、4回転トウループ+3回転トウループ。今とは少しジャンプの種類が異なるが、3つ目のジャンプをコンビネーションにしているというものすごい構成は、変わっていない。

プログラム後半での加点
後半の最後のジャンプは、ジャンプの基礎点が1.1倍になるというルールがある。つまり、3つ目を基礎点の高いジャンプコンビネーションにして、それを後半で跳べば、高得点につながるのだ。よって、「BOW AND ARROW」このジャンプ構成は圧倒的に高得点が出せるものなのだ。そういうものを、羽生さんは見せている。

「飛べ!」
羽生さんは、「飛べ」という声を聞くと、4回転サルコウ+3回転トウループを踏み切る。「飛べ」という言葉……羽生さんのファンたちはここから、2014年GPシリーズ中国杯のことを思い浮かべるかもしれない。

この大会のフリーの6分間練習で、羽生さんは他選手と激突し、激しく流血。そのまま医務室に運ばれた。試合は、羽生さんの様子が分からないまま進んでいったが、出番を迎えると頭に包帯をぐるぐる巻きにした羽生さんがリンクサイドに登場した。その後、その状態のままフリーを滑り切るのだが、あの時、リンクに出ていく羽生さんが自らを鼓舞するために叫んだ言葉が、「飛べ」だった。

■こだわりを込めた、競技用プログラム
羽生さんはこのプログラムに「いろいろこだわりを込めました」と話している。「あの頃焦がれたような大人になれたかな」という歌詞のくだりでは、空を仰ぐようなポーズを見せたり、「強く引いた」では弓を引く動作を見せたり、羽生さんのこだわり、想いを各所に見つけたい。


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