“国民俳優”として親しまれてきたアン・ソンギ。
1952年に大邱(テグ)で生まれソウルで育ったアン・ソンギは、韓国映画を代表する俳優である。卓越した演技力はもちろん、生涯にわたり揺るぎない品行と姿勢を貫き、同僚や後輩、そして大衆からも深い尊敬を集めてきた。
その俳優人生は驚くほど長く、そして重みがある。1957年、キム・ギヨン監督の映画『黄昏列車』で子役としてデビュー。その後、同監督の『十代の反抗』でスリ少年役を演じ、強烈な印象を残すとともに、サンフランシスコ国際映画祭で少年特別演技賞を受賞した。
成人して俳優として地位を確立してからは、時代を象徴する数々の作品で韓国映画史の一翼を担った。『風吹く良き日』『深く青い夜』『チルスとマンス』『マンダラ』『白い戦争』『ツーカップス』『ラジオスター』『華麗なる休暇』など、ジャンルを問わず幅広い演技を披露。とりわけ『シルミド』は、韓国映画として初めて観客動員1000万人を突破し、彼のフィルモグラフィーに新たな金字塔を打ち立てた。

アン・ソンギは、イム・グォンテク、カン・ウソク、イ・ミョンセ、イ・ジャンホ、ペ・チャンホ、パク・クァンスといった韓国映画史を代表する監督たちと数多くの作品でタッグを組み、“忠武路(チュンムロ/韓国の映画街)の信頼”という別名でも呼ばれた。
演技活動にとどまらず、釜山(プサン)国際映画祭の執行委員長、アシアナ国際短編映画祭の執行委員長、シン・ヨンギュン芸術文化財団の理事長を務めるなど、映画界の中心的存在としても活躍。2013年には大韓民国大衆文化芸術賞・銀冠文化勲章を受章している。
2019年に血液がんを患っていることが公表された後も、演技への情熱を失わなかった。治療の合間を縫って、カン・スヨン追悼展や野花映画賞、イ・ジュニク監督回顧展、黄金撮影賞授賞式などに姿を見せ、回復した近況を伝えながら、最後まで映画人としての責任を全うした。
俳優たちにとって、アン・ソンギは「俳優である前に人」であった。長年親交のあったパク・チュンフンは「アン・ソンギ先輩は、私にとって父であり、先輩であり、最も親しい友人だった」と振り返っている。また、中国の女優ファン・ビンビンも「共演したい韓国俳優」としてアン・ソンギの名を挙げ、キム・ヘスも「本当に特別な方」と語り、深い敬愛の念を示してきた。
1957年のデビューから69年、180本を超える作品を通じて韓国映画とともに歩み続けたアン・ソンギ。その名は、スクリーンを越えて、一つの時代の品格として長く記憶されるだろう。
(記事提供=OSEN)
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