人の命を救っても、“過去”は簡単には消えない。それどころか、その善行すら一言で踏みにじられてしまう。
韓国芸能界でいま起きているのは、そんな後味の悪い現実だ。
【写真】SUPER JUNIOR脱退メンバー、芸人の命を救った!
渦中の人物は、SUPER JUNIOR出身のカンイン。4月15日、10年ぶりにデジタルシングル『LOVE IS PAIN』をリリースすることで注目されていた。
そんなカンインは最近、脳出血で倒れたコメディアンのイ・ジンホを救った“恩人”だったことが明らかになった。
報道によると、カンインはイ・ジンホと電話していた際、普段とは違う話し方や反応に異変を感じたという。連絡が途絶えると、ただ事ではないと判断してすぐに119へ通報。しかも、イ・ジンホが滞在していた京畿道・楊平の自宅の正確な住所や暗証番号を知らない状況でも、知人を通じて情報を確認し、救助隊に伝えたとされる。
結果としてイ・ジンホはゴールデンタイムを逃さず病院へ搬送され、現在は集中治療室を出て一般病棟で経過を見ている。ひとつ判断が遅れていれば、生死に関わっていた可能性もあった。
人命救助さえ素直に褒められない

ここまでは、どう見ても美談であり、カンインに称賛の声が集まってもおかしくない。しかし韓国オンライン上の反応は、そう単純には流れなかった。
一部オンラインコミュニティでは、カンインの過去の飲酒運転歴を持ち出し、「命を救ったのは幸いだが、“類は友を呼ぶ”だ」「飲酒運転が飲酒運転を救った」「2人が親しいとはね…」といった嘲笑が飛び交った。
カンインは2005年にSUPER JUNIORのメンバーとしてデビューし、大きな人気を集めたが、2009年に飲酒運転事故を起こして物議を醸し、活動を自粛した後に入隊した。
除隊後に復帰したが、2016年には再び飲酒運転事故を起こし、罰金700万ウォン(約70万円)の判決を受けた。さらに2017年には女性暴行事件にも関与して批判を浴び、最終的に論争の末、2019年7月にグループを自主的に脱退している。
今回救われたイ・ジンホも、違法賭博や飲酒運転の過去を持つ。
たしかに過去の過ちが軽いとはいえず、それをなかったことにはできない。もっとも今回の問題は別にある。

人命救助という現在の行動まで、ただ「あの人だから」という一言でしか見なくなったとき、そこにはすでに事実を評価する視線ではなく、過去に固定された印象だけが残っている。
芸能記者出身のユーチューバーによると、こうした反応をカンイン本人も把握しているという。それでも彼は、「ジノが生きてくれただけで十分だ。むしろ自分が悪く言われるほうがいい」と知人に明かしたそうだ。
この言葉は、ある意味で立派だが、同時に少し痛々しくもある。誰かを救ったという事実すら素直に受け取ってもらえないことを、本人がすでに当然のように引き受けているからだ。
もちろん、カンインを擁護する声がなかったわけではない。「過去とは別に、人の命を救った行動は評価されるべきだ」「どれほど嫌いでも、今回ばかりは称賛すべきだ」といった反応もあった。
ただ、韓国芸能界では、こうした“過去や印象の固定化”が、カンインだけの問題ではなくなっている。
最近、約4年ぶりにテレビ復帰が伝えられたタレントのイ・フィジェにも、強い拒否反応が広がった。

イ・フィジェは犯罪や重大な社会問題を起こしたわけではない。だが、家族をめぐる私生活の論争や、長年積み重なった“非好感”イメージがこびりつき、「不快だ」「見たくない」といった世論が噴き出したのだ。
ここで見えるのは、韓国芸能界では、明確な過去の過ちを持つ人物だけでなく、“なんとなく嫌われた人”に対しても、そのイメージが現在の行動や復帰まで支配してしまうことがあるということだ。
一度強く刻まれた過去や印象は、誰かを救ったという現在の行動すら、たやすく上書きしてしまう。
問題は、その過去を踏まえたうえでもなお、現在の行動を現在の行動として見る最低限の余地まで失ってしまうことではないか。善行すら嘲笑の材料にされるのであれば、そこに残るのは評価ではなく、固定化された印象だけだ。
韓国芸能界では、よく「イメージで生きる世界だ」といわれる。けれども今回浮かび上がったのは、そのイメージや過去が、時に現在の行動そのものより強く働いてしまう怖さだ。人を救ってもなお、過去の人としてしか見られない。その現実の重さが改めてあらわになった。
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