スターバックスのカップを手にしただけで、政治的なメッセージとして読まれてしまう。
韓国の“スタバ騒動”が、そんな段階にまで広がっている。
国民的女優だった故チェ・ジンシルさんと、早逝した元読売ジャイアンツ投手チョ・ソンミンさんの娘チェ・ジュンヒが、自身のSNSにスターバックスのカップを持つ写真を投稿し、注目を集めている。
チェ・ジュンヒは5月27日、アメリカでの新婚旅行中とみられる写真をインスタグラムに投稿。写真の中で彼女は、スターバックスの緑色のサイレンロゴが描かれたカップを口元に当てていた。
これだけなら、単なる旅行中の一枚にすぎない。
なぜスタバが問題に?
しかし韓国では今、スターバックスをめぐる不買騒動が大きく広がっている。
しかもチェ・ジュンヒは過去にSNSで「左派のいない国で暮らしたい」と書き、自身の政治的傾向を示したことがある。

そのため一部では、今回の投稿について「スターバックス不買運動への反発ではないか」「スタバ支持の認証なのか」といった解釈も出ている。
もちろん、チェ・ジュンヒ本人がそのような意図を明かしたわけではない。さらに彼女は現在、アメリカで新婚旅行中とされる。写真のスターバックスも、問題になっている「スターバックスコリア」の店舗ではないとみられる。
そもそも韓国のスターバックス事業は、米スターバックス本社が直接運営しているわけではない。米スターバックスは2021年、韓国法人の持分50%を新世界グループのイーマート社とシンガポール政府系ファンドGIC側に売却しており、現在はイーマートが67.5%、GICが32.5%を保有する形になっている。
チェ・ジュンヒがアメリカでスターバックスを利用したとしても、それをスターバックスコリアへの直接的な支持と見るには無理がある。
それでも、この写真が韓国で注目されたこと自体が、いまのスターバックスをめぐる空気を物語っている。
つまり現在の韓国では、スターバックスを飲むこと自体が、単なる消費行動ではなく、“反不買”や“保守的立場”のように解釈されかねない状況になっているのだ。
そもそものきっかけは、スターバックスコリアが5月18日に行ったタンブラー販促イベントだった。問題視されたのは、「タンクデー」というイベント名、そして「机をタッ!」という宣伝文句だ。

5月18日は、韓国にとって非常に意味の深い日といえる。1980年5月、光州(クァンジュ)で民主化を求めた市民や学生が軍によって鎮圧され、多くの死傷者を出した。現在の韓国で「5・18民主化運動」は、民主化の歴史を語るうえで欠かせない出来事として記憶されている。
その日に「タンクデー」という表現を使えば、戒厳軍の戦車投入を連想させる。
さらに「机をタッ!」という表現は、1987年に大学生の朴鍾哲(パク・ジョンチョル)さんが警察の拷問で死亡した事件を思い起こさせる。事件当時、当局側は拷問の事実を隠すため、「机をタッと叩いたら、あっと言って倒れた」という趣旨の釈明をしたことで知られている。
スタバのイベントは、韓国の民主化運動に関わる2つの痛ましい記憶を、販売促進の言葉として軽く扱ったように見えたのだ。
スターバックスコリアは謝罪し、騒動当日に代表と担当役員を解任。新世界グループのチョン・ヨンジン会長は5月26日、国民向けの謝罪文を発表し、「どのような弁明もしない。今回のことに対するすべての責任は私にある。許しを請う」と謝罪した。
それでも、騒動は収まっていない。
決済額は26.3%減、不買が本格化へ
今回の騒動が一時的なSNS炎上で終わっていないことは、数字にも表れている。

『聯合ニュース』によると、AIテック企業IGAWorksのモバイルインデックス集計で、スターバックスの週間決済額は騒動が起きた5月18日から24日までの1週間で236億9000万ウォン(約25億1500万円)だった。
これは前週、5月11日から17日の321億6000万ウォン(約34億1400万円)から、約84億7000万ウォン減少した数字だ。減少率は26.3%に達する。
その前週、5月4日から10日の314億8000万ウォン(約33億4200万円)と比べても、約25%減っている。単なる週ごとの変動として片づけるには、かなり大きな落ち込みだ。
新規アプリ設置件数にも影響が出ている。スターバックスアプリの5月18日から24日の新規設置件数は3万6994件で、前週の4万8441件から1万1447件減った。減少率は23.6%だった。
一方で、同じ期間のアプリ週間利用者数はむしろ増えている。前週の390万3668人から408万5740人へ、4.7%増加した。
これは、騒動後に既存利用者が告知やクーポン、リワード、残高などを確認するためにアプリを開いた可能性があると見られている。つまり、アプリを見に来た人は増えたが、実際の注文や決済にはつながりにくくなったということだ。
スターバックスに対する不信や不買感情が、実際の消費行動にも影響し始めたと見ることができる。
ただし本格的な不買運動は、むしろ“これから”かもしれない。
5・18関連団体を含む146の市民団体は5月27日、全国的なスターバックス不買運動に入ると宣言した。
ソウル・鍾路区のスターバックス光化門店前では、「スターバックス不買運動全国化」を発表する記者会見が開かれた。参加団体は、タンブラーが描かれたプラカードからスターバックスのステッカーをはがし、チョン・ヨンジン会長の写真に「OUT」ステッカーを貼るパフォーマンスも行った。
朴鍾哲記念事業会の関係者は、「スターバックスは『机をタッ』という表現を消費のネタとして呼び出した」とし、「民主主義のために犠牲になった死を企業マーケティングの道具にすることは容認できない」と批判した。
5・18民主化運動負傷者会の関係者も、全国の市民社会と連帯してスターバックス全面不買運動に入るとし、ギフティコンモバイル商品券)の払い戻しやアプリ集団退会などに言及した。
ここまで来ると、騒動は企業の不適切マーケティングへの批判を超え、歴史認識をめぐる社会運動に近い形になっている。
芸能人の投稿も“立場表明”として読まれる
この空気の中で、芸能人や有名人のスターバックス投稿は非常に敏感な意味を持つようになった。
例えば、スターバックスを訪れた“認証ショット”を投稿した俳優チョン・ミンチャンが批判を浴び、謝罪したうえで出演中だったミュージカルから降板した。
ドラマ『チュノ~推奴~』などで知られる俳優ハン・ジョンスは、スターバックスカードを切断した写真を投稿し、不買の意思を示した。

一方、俳優チェ・ジュニョンは、騒動後もスターバックスを飲む写真や映像をSNSに投稿し、「スタバ愛は続く」と書いた。過去に尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の弾劾反対集会にも参加していた人物だけに、その投稿は単なるコーヒーの好みではなく、不買運動への“逆張り”のように受け止められた。
同じスターバックスをめぐって、ある俳優は謝罪し、ある俳優はカードを切り、ある俳優はあえて飲む。
そこに今回、チェ・ジュンヒの写真が加わった。繰り返すが、本人が「スタバ支持」や「不買反対」を表明したわけではない。韓国のスターバックスコリアとは別の場所での写真である可能性も高い。
それでも、彼女が過去に「左派のいない国で暮らしたい」と投稿していたことと、韓国でスターバックス不買が政治的な意味を帯びていることが重なり、一部では政治的なメッセージとして読まれた。
このこと自体が、いまの韓国スタバ騒動の現在地を示している。
本来、スターバックスのコーヒーを飲むか飲まないかは、個人の消費行動にすぎない。

だが現在の韓国では、それが5・18をどう記憶するのか、民主化の歴史への侮辱にどう反応するのか、不買運動に賛同するのか、あるいは反発するのかという態度表明のように読まれている。
さらに現在は、その構図がもっと単純化されつつある。スタバ支持は右派的、不買は左派的。そんな政治的ラベルまで貼られやすくなっているのだ。
チェ・ジュンヒの投稿が注目されたのも、スターバックスそのものが政治的に読まれる記号になってしまったからだろう。
いずれにしても、スタバのカップを持つことが、好みではなく“態度”として読まれる異様な緊張感が漂う韓国。今回の騒動は、いまだに収まっていない。
◇チェ・ジュンヒ プロフィール
2003年3月1日生まれ。母は国民的女優のチェ・ジンシルさん、父は読売ジャイアンツでもプレーしたプロ野球選手チョ・ソンミンさん。両親は2000年に結婚し、2004年に離婚。その後、チェ・ジンシルさんは2008年に、チョ・ソンミンさんは2013年に突然この世を去った。2022年2月にY-BLOOMエンターテインメントと専属契約を結び、母親と同じく女優として活動するとされたが、同年5月に契約解除。現在はインフルエンサーとして活動中。2026年5月、11歳年上の一般男性と結婚した。
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