韓国の選挙番組は、ここまで振り切るのか。
6月3日に行われた韓国の地方選挙で、SBSの開票番組『2026 国民の選択』が、かなり攻めた映像演出を披露した。
候補者の顔をCGで合成し、手から光を放ったり、雲に乗ったり、ビームを撃ったりする。『ドラゴンボール』を思わせるような、超人的な変身演出まであった。
得票率を伝える開票速報というより、もはや“候補者バトル番組”に近い。
日本の選挙特番ではまず見られないような演出だ。候補者たちは、まるでバトル漫画やゲームのキャラクターのように描かれ、得票率の差はそのまま“戦闘力”のように可視化される。選挙報道でありながら、画面のテンションは完全にエンタメだ。
SBSは以前から、映画、ゲーム、K-POP、流行のミームを取り入れた開票グラフィックで知られてきた。韓国では選挙のたびに「今回のSBSは何をやるのか」と注目されるほどで、今回もその期待を裏切らなかった。
選挙結果そのものを見ると、革新系与党「共に民主党」が16の道知事・広域市長選のうち12カ所で勝利した。ただし、最大の注目だったソウル市長選では保守系最大野党「国民の力」の現職、オ・セフン氏が勝利し、与党にとっては“苦い勝利”ともいえる結果となった。
ただ、その一方で、実際の投票現場では信じがたい問題も起きていた。ソウルの一部投票所で投票用紙が不足し、投票が中断されたのだ。
開票番組は映画のように進化した。だが、投票所では紙が足りなかった。
今回の韓国地方選挙は、選挙を“見せる技術”の進化と、選挙を“支える現場”のほころびを同時に浮かび上がらせた。
SBS名物、選挙番組の“エンタメ化”
先立ってSBSは5月29日、今回の開票番組で披露する大型グラフィックのラインナップを公開していた。

同局は『2026 国民の選択』で、選挙番組として初めて拡張現実(XR)技術を導入したリアルタイム開票情報グラフィックを披露すると説明。単なる数字の羅列ではなく、映画やゲームを見るようなビジュアルで開票情報を伝えると予告していた。
その中心となったのが、「超人を探して」や「K-ヴィランハンターズ」といったテーマだ。
「超人を探して」では、地域行政を担う候補者たちが、国民のために走る“超人”になるため修練し、対決する姿が描かれた。候補者の顔がCGキャラクターに合成され、手から光を放ったり、派手なポーズを取ったりする。
実際の画面では、京畿道知事、仁川市長、釜山市長などの候補者が、まるでファンタジー作品の登場人物のように表現された。得票率の数字も、堅い選挙情報というより、バトルの途中経過のように表示される。

別のテーマでは、候補者が雲に乗って登場したり、筋肉質の戦士のようなポーズを取ったりする場面もあった。政治家の顔が、ここまで大胆に“遊ばれる”開票番組は、日本の感覚から見るとかなり新鮮だ。
SBSは今回、K-POPやミーム文化も積極的に取り入れた。
「国会チャレンジ」では、国会入りを狙う候補者たちがダンスバトルを繰り広げるという設定を用意。「国中博が生きている」では、国立中央博物館の象徴的な文化財をグラフィック化し、韓国固有の美しさと現代的な映像技術を組み合わせた。
選挙番組というより、候補者を素材にした巨大な映像ショーだ。
ある意味では、政治を身近に見せる工夫でもある。開票率、得票率、当選確率といった数字は、ただ画面に並べるだけでは退屈になりやすい。そこに派手な物語やキャラクター性を加えることで、政治に強い関心がない視聴者にも見てもらおうとしている。

一方で、かなり危うい試みでもある。
候補者の顔を使ってここまで“遊ぶ”ことに、抵抗を感じる人もいるだろう。実際、日本で同じことをすれば、「政治を茶化している」「候補者への敬意を欠く」といった批判が出る可能性は高い。
ただ韓国では、SBSの開票番組は長年こうした方向で進化してきた。視聴者もある程度、「SBSならやるだろう」と受け止めている面がある。
今回も「SBSがSBSした」という反応が出た。つまり、SBSらしい振り切り方だったということだ。
ただし、視聴率で最も強かったのはSBSではなかった。
視聴率調査会社ニールセンコリアによると、地上波の開票番組視聴率1位はMBCだった。MBCは2024年の総選挙、2025年の大統領選に続き、3回連続で地上波開票番組の首位に立ったという。
つまり今回のSBSは、視聴率トップというより、話題性とビジュアルで存在感を示した形といえる。
その裏で起きた投票用紙不足
ところが、選挙を“見せる”部分がここまで派手に進化する一方で、投票の現場では深刻な問題が起きていた。
投票用紙不足だ。
報道によると、6月3日の地方選挙本投票日に、ソウルの一部地域で投票用紙が足りなくなり、投票が中断される事態が発生した。
「国民の力」ソウル市党によれば、松坡区の4つの洞にある8カ所の投票所、江南区の2つの洞にある2カ所の投票所など、ソウル地域の計14カ所の投票所で投票用紙が不足したという。
有権者が投票所に行ったにもかかわらず、投票用紙が足りない。選挙管理としては、かなり重大なミスだ。
李在明(イ・ジェミョン)大統領も、翌4日の大統領府首席補佐官会議でこの問題に言及した。

李在明大統領は「すべての国家機関は、国民の神聖な参政権行使の過程に少しの隙もないよう、万全の準備をしなければならない責務がある」とした上で、ソウルの一部地域で投票用紙不足により住民が混乱と不便を経験したと説明した。
さらに「民主共和国で徹底されるべき選挙管理に、納得しがたい穴が発生したことに非常に大きな遺憾を表する」と述べ、関係機関に真相究明を指示。「責任を負うべきことがあれば、明確に責任を問わなければならない」と強調した。
これは単なる事務ミスでは済まされない。選挙の根本は、有権者が投票する権利を滞りなく行使できることにある。どれだけ開票番組が面白くても、投票所で用紙が足りなければ、選挙そのものへの信頼にかかわる。
今回の韓国地方選挙は、ある意味で非常に象徴的だった。
一方では、SBSのように開票番組を映画やゲームのような映像コンテンツへ進化させるテレビ局がある。候補者は超人になり、ビームを撃ち、雲に乗り、得票率はバトルのように表示される。
政治を難しいものとして遠ざけるのではなく、視聴者が楽しみながら結果を追えるようにする。その発想は、日本の選挙報道から見るとかなり斬新だ。
一方で、同じ選挙の投票現場では、投票用紙が不足するという基本的なミスが起きた。
この落差は大きい。
韓国の選挙は、開票を“見せる技術”では日本の想像を超える一方で、投票を“支える現場”では、投票用紙不足という信じがたい穴を露呈した。
もちろん、SBSの開票番組と投票用紙不足は、直接つながっている話ではない。テレビ局の演出と選挙管理の実務は別物だ。
それでも、同じ選挙のなかで起きた出来事として並べて見ると、今回の地方選挙が持つ二面性がよくわかる。
民主主義を支えるには、投票の現場を確実に守ることが大前提だ。そのうえで、有権者が結果に関心を持ち、政治を自分ごととして見られるような伝え方も必要になる。
SBSの派手な開票番組は、その“伝え方”の一つの進化形だった。だが、投票用紙不足は、その土台が少しでも揺らげば、どれほど華やかな演出も笑い話では済まないことを示した。
そのギャップこそ、今回の韓国地方選挙が見せた、最も印象的な光景だったのかもしれない。
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