歌手兼女優のIUが、思わぬ形で政治的な論争に巻き込まれている。
きっかけは、韓国で6月3日に行われた地方選挙で発生した投票用紙不足問題だ。
ソウルの一部投票所で投票用紙が足りなくなり、有権者が長時間待機したり、投票できなかったりする事態が起きた。
選挙管理への批判が高まるなか、ソウル・蚕室(チャムシル)一帯では抗議の動きも広がった。ここまでは、民主主義の手続きに関わる重大な問題として理解できる。
しかし、その怒りの矛先が、なぜかIUやパク・ボヨン、チョ・インソン、イ・ドンウクら芸能人にまで向かっている。
IUが今回の投票用紙不足の問題について何か発言したわけではない。それでも彼女が攻撃されているのは、過去に集会参加者のため、周辺店舗に飲食代を前払いして支援したことがあったからだ。
なぜIUが標的になったのか
今回の騒動の発端は、6月3日の地方選挙本投票日だった。

韓国メディアによると、ソウルの江南区、広津区、松坡区など一部投票所で投票用紙が不足し、有権者が長時間待機したり、投票できなかったりする状況が発生した。
特にソウル松坡区のオリンピック公園ハンドボール競技場周辺では、投票用紙不足をめぐって不正選挙を主張する市民や保守系ユーチューバーらが集まり、投票所入口をめぐる抗議が起きたと報じられている。
この問題を受け、中央選挙管理委員会への批判も高まった。ノ・テアク中央選挙管理委員長は責任を取り、6月5日に辞意を表明している。
李在明(イ・ジェミョン)大統領も6月8日の記者会見で、投票用紙不足問題に反発した若者たちについて「実に尊く、尊敬に値する」と述べた。投票用紙不足そのものについても、「票の数や結果の問題ではなく、それ自体が非常に深刻な問題」と指摘している。
つまり、投票用紙不足は決して軽い問題ではない。
ただ、その問題がなぜIUへの攻撃につながるのか。
理由は、2024年12月の非常戒厳事態後にさかのぼる。当時、IUは尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の弾劾を求める集会に参加するファンのため、パン、飲み物、餅、クッパなどを提供できるよう、周辺店舗にあらかじめ代金を支払って支援したことがある。
この行動は当時、ファンや市民への温かい支援として受け止められた一方、保守系の一部からは「左派寄り」だとして攻撃されるきっかけにもなった。

そして今回、投票用紙不足への抗議が広がると、一部ネットユーザーはその過去を持ち出した。今回の地方選挙では革新系与党が勝利しており、投票用紙不足を問題視する保守系の一部からは、「弾劾局面では動いたのに、自分たちが問題視する今回は動かないのか」という不満が出ている。
IUのSNSには「今回も支援してくれるのか」「蚕室にスターバックスのコーヒーを送ってほしい」「お金もあるのだからコーヒーくらい送れ」「左派市民だけが国民なのか」といったコメントが相次いだ。
善意で行った過去の支援が、今度は「今回も金を出せ」という要求として返ってきた形だ。
パク・ボヨン、イ・ドンウク、チョ・インソンにも飛び火
攻撃の対象はIUだけではない。
パク・ボヨンのSNSにも、「非常戒厳のときは声を出したのに、今回はなぜ沈黙するのか」「蚕室オリンピック公園近くに支援してほしい」といったコメントが寄せられた。

パク・ボヨンは2024年12月、「今日はいつもより寒い気がする。暖かい春が早く来てほしい」といった趣旨のメッセージを残したことがある。これが当時の政治状況と重ねて受け止められた。
今回、一部ネットユーザーはその発言まで持ち出し、「その時は言ったのに、今はなぜ言わないのか」と迫っている。
イ・ドンウクも同様だ。彼は尹前大統領の罷免決定後、「ようやく春だ。冬が長すぎた」と投稿したことがある。これに対し、一部ユーザーは「投票権が侵害されたのに、なぜ声を出さないのか」「意識の高い市民のふりをしているのか」といったコメントを残した。

チョ・インソンにも火の粉が飛んだ。彼は過去、非常戒厳と為替急騰によって映画制作費の負担が大きくなったと発言したことがある。そのため、今回も「投票権侵害疑惑について立場を明らかにしろ」といった要求が向かった。
共通しているのは、彼らが今回の投票用紙不足問題について何も発信していない点だ。過去に社会的・政治的局面で何らかの発言や支援をした芸能人が、今回も同じように反応することを求められているわけだ。
一度「声を出す芸能人」と見なされると、次の政治的局面でも同じように声を出せと迫られる。黙っていれば、「なぜ今回は黙るのか」と責められる。
今回の騒動は、その圧力がどれほど強いものになり得るかを示している。
コメント攻撃から広告不買運動へ
さらに今回の問題は、単なるコメント攻撃にとどまっていない。
現在、オンラインコミュニティには「IU・パク・ボヨン広告不買運動」と題した投稿が相次いで掲載されている。
そこには、2人が広告モデルとして活動しているブランドの一覧や、顧客センターの連絡先などが含まれていた。対象にはサムスン物産、ウリ金融など韓国の大企業のほか、グーグルコリアなどのグローバル企業も含まれている。
投稿者は「消費者の自発的な参加を求める」として、不買運動への参加を促した。
つまり、SNSで「なぜ支援しないのか」と責める段階から、広告主に圧力をかける段階へと広がりつつあるわけだ。
こうした流れになっている点で、今回の騒動はかなり異様だ。
もちろん、投票用紙不足問題そのものに怒ることは理解できる。選挙で投票できない人が出たのであれば、それは民主主義の根幹に関わる問題だ。李在明大統領が若者たちの問題提起を評価したように、選挙管理の不備を問う声には十分な正当性がある。
しかし、その怒りを芸能人に向けることは別の問題だ。
IUが過去に集会参加者を支援したからといって、別の抗議現場でも同じように支援しなければならない義務はない。パク・ボヨンやイ・ドンウクが過去に社会的メッセージを出したからといって、あらゆる政治的争点にその都度立場を示さなければならないわけでもないだろう。

今回のIUへの攻撃が示しているのは、芸能人の社会的発言や支援が、後に“義務”として返ってくる怖さだ。
ある政治的局面で支援をすれば、その瞬間は称賛されるかもしれない。だが、別の局面で沈黙すれば「なぜ今回はやらないのか」と責められる。
支援すれば「偏っている」と攻撃される。支援しなければ「前はやったのに」と攻撃される。芸能人にとって、これほど身動きの取りにくい状況はない。
IUが過去に行った店舗への飲食代前払いは、あくまで本人の判断による善意だったはずだ。しかし今回、それが「前例」として使われ、別の政治的抗議にも同じ行動を求める材料になっている。
今回の騒動は、韓国社会における芸能人と政治、そしてファンダムと消費者運動の距離がどれほど近く、危ういものになっているかを浮かび上がらせている。
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