北中米ワールドカップに臨む韓国代表を率いるホン・ミョンボ監督へ、日本からエールが届いた。
浦和レッズでハイパフォーマンスコーディネーターを務める池田誠剛氏が、『スポーツソウル』を通じて指揮官に応援メッセージを寄せたのだ。
ふたりの繋がりは深い。2009年にホン・ミョンボがU-20韓国代表監督を務めた際、池田氏は韓国サッカー協会(KFA)初の日本人コーチとして招へい。その後もU-23代表、A代表と各代表でタッグを組み続けてきた。
世代別では2009年U-20W杯でベスト8進出を果たし、2012年ロンドン五輪では韓国サッカー史上初となる銅メダル獲得を経験。A代表では2014年ブラジルW杯でグループステージ敗退の苦い悔しさも味わった。

戦いの場が代表からクラブに移っても、その縁は途切れなかった。
ホン・ミョンボが2016~2017年に率いた中国スーパーリーグの杭州緑城(現・浙江FC)で池田氏がフィジカルコーチを務めると、2021年に韓国Kリーグ1部・蔚山(ウルサン)HD FCの指揮官に就任したのち、翌2022年より池田氏も合流。2024年夏にホン・ミョンボが韓国代表監督に就任するまでの2年半で、2度のリーグ優勝を果たした。
池田氏は2024年シーズン限りで蔚山を離れ、2025年より浦和のハイパフォーマンスコーディネーターを務めている。

その池田氏は今回、『スポーツソウル』を通じて寄せたメッセージにおいて、世界中で名将と呼ばれる監督たち誰もが成功と失敗を経て指導者としてステップアップするように、ホン・ミョンボ監督も現在に至るまで成長を続けてきたと強調した。2017~2020年にKFAの専務理事を務めるなど、指導者以外の側面で経験を積み上げたことが、蔚山時代にチームをリーグ連覇に導く原動力になったと見ているのだ。
「ホン・ミョンボ監督は、戦術以上にチームのリスクマネジメント能力を高めることができる指導者になった」とし、代表クラスの選手が多くそろう蔚山を“ワンチーム”にまとめ上げ、優勝の夢を叶えた過程を振り返る。

「ホン・ミョンボ監督とは蔚山で約3年を共にした。代表とは異なり、クラブでは多くの公式戦を戦い、興味深い時間を過ごした。彼は以前よりも優れた洞察力を持ち、どのような状況でも冷静だった。選手とスタッフ全員を一つの目標に向かって引っ張っていく力も強くなっていた」と、間近で感じた“指導者としての進化”明かした池田氏。「まるでAIのように、1試合ごとに経験して学習しながら思考の幅を広げていた。毎試合、形に変化を加えながら成果を出していた」と、その手腕を高く評価した。
だからこそ、2024年夏に2度目の代表監督の提案を受けた際、熟考の末に受け入れたことへの理解も深い。「(急きょ指揮を執ることになった)ブラジルW杯当時のことが常に心に引っかかっていたのだろう」と推し量る池田氏は、「大きなリスクを背負って再び挑戦したわけだが、彼のサッカー人生は常にそうだった。どんな状況でもチャレンジャーとしての歩みを止めることはなかった」と続ける。
そして、「現役時代のように、もう一度(ワールドカップで)国民に歓喜と喜びを与えたいという気持ちが大きかったはずだ」と指揮官の胸中に思いを巡らせ、「周囲の協力があれば、間違いなく上手く乗り越えられる人だ。多くの人々の誤解があったが、結果で証明してくれると信じている」と力を込めた。

「北中米ワールドカップで成功するために必要なもの」を問われると、「周囲の声に惑わされず、ホン・ミョンボ監督ならではの信念を貫くことが重要だ」と答えた。
その核心となるテーマは「ワンチーム」。ホン・ミョンボ監督はチーム作りにおいて、“上手な選手”よりもチームのために献身的に戦うことができる選手を重視する。ワールドカップという大舞台でも、選手一人ひとりの献身を通じてワンチームの雰囲気を作り出すことが、成功の鍵になると考えているのだ。
最後に「ホン・ミョンボ監督には“素晴らしいサッカーセンスが備わっているのだから、勝負をかけるべき時は自分を信じて進んでほしい”と伝えてほしい」と伝えた池田氏。「韓国と日本が今回のワールドカップでアジアのレベルが大きく上がったことを証明し、歴代最高の成績を残してほしい」と日韓両国の躍進を願うとともに、「韓国は第二の故郷だ。皆さんの健康と韓国サッカーの発展を日本から祈っている」という言葉で締めくくっていた。
池田氏が寄せた熱いメッセージは、指揮官にとって何よりの原動力となるはずだ。苦楽を共にした参謀から託された思いとともに、韓国代表とホン・ミョンボ監督が世界の舞台に挑む。


