韓国のスターバックスが、異例の事態に追い込まれている。
スターバックスコリアは6月22日、全国の店舗の営業を15時で一斉に終了し、全従業員を対象に歴史認識と社会的感受性に関する教育を実施する。
韓国で1999年に1号店をオープンして以来、全国店舗を一斉に早く閉めるのは初めてだ。
一方、日本では、スターバックス事業の好調ぶりが語られている。
同じスタバでも、日本では居心地の良い空間として語られ、韓国では歴史認識と社会的感受性を問われるブランドになってしまった。
売上も利用者も急落の韓国スタバ
韓国スターバックスを揺るがしたのは、5月に行われたタンブラー販促イベントだった。
問題視されたのは、「タンクデー」というイベント名と、「机をタッ!」という宣伝文句だ。韓国ではこれが、1980年の5・18民主化運動と、1987年の朴鍾哲(パク・ジョンチョル)拷問致死事件を連想させるとして、大きな批判を浴びた。

5・18民主化運動は、韓国の民主化の歴史を語るうえで極めて重い出来事だ。そこに「タンク」という言葉が重なると、戒厳軍や戦車を想起させる。さらに「机をタッ!」という表現は、朴鍾哲さんが警察の拷問で死亡した事件をめぐり、当局が拷問を隠すために用いた有名な釈明を思い起こさせるものだった。
つまり、企業の販促コピーが、韓国社会にとって痛みを伴う歴史の記憶に不用意に触れてしまったのだ。
スターバックスコリアは謝罪し、代表や担当役員の解任などにも踏み切った。それでも批判は収まらず、不買運動、芸能人への飛び火、スターバックスカードを切る投稿、タンブラーのロゴ消しといった動きにまで広がった。
そして今回、全国店舗を15時で一斉に閉め、社員教育を行うという異例の対応に至った。
スターバックスコリア側は、歴史認識と社会的感受性に関する教育だけでなく、ブランドが目指す価値やミッションについて共有する「ブランド価値ワークショップ」として行うと説明している。今後はマーケティング企画の段階で社会的敏感度チェックリストの適用を義務化し、多重検証システムも新設する方針だという。
企業としては、再発防止に向けた本格対応を打ち出した形だ。
ただ、その対応そのものにも批判は出ている。韓国の政治圏からは、「問題は経営陣なのに、なぜ全社員教育なのか」「全国の店舗を閉めてまで歴史教育をするのはショーではないか」といった声も上がった。
騒動はもはや、マーケティング失敗の範囲を超えている。

実際、韓国スターバックスのブランドイメージには数字上の打撃も出ている。
データ分析ソリューション「モバイルインデックス」によると、スターバックスのクレジット・チェックカード推定決済額は、騒動直前の5月11~17日に321億6000万ウォン(約32億1600万円)だったが、5月18~24日には236億9000万ウォン(約23億6900万円)へと急落した。下落率は26.3%に達する。
その後も完全には戻っていない。6月8~14日の推定決済額は227億6000万ウォン(約22億7600万円)で、前週の242億1000万ウォン(約24億2100万円)からさらに6.0%減少した。
アプリ利用にも影響が出ている。同期間のスターバックスアプリの週間アクティブユーザー数は313万人で、前週の399万人から21.5%減少。騒動後、最低水準となった。
さらに注目すべきは、競合ブランドの伸びだ。
同じ6月8~14日、トゥーサムプレイスの推定決済額は約272億9000万ウォン(約27億2900万円)となり、スターバックスを約45億ウォン(約4億5000万円)上回った。メガMGCコーヒーも約223億3000万ウォン(約22億3300万円)で、スターバックスとの差はわずか約4億ウォン(約4000万円)まで迫っている。
韓国で長く圧倒的なブランド力を誇ってきたスターバックスが、少なくともこの期間においては競合に追い抜かれ、追い上げられる構図になったわけだ。
もちろん、これだけで「韓国スタバの終わり」と見るのは早い。
スターバックスは韓国でも店舗数が多く、アクセスの良さ、空間体験、会員制度、カカオトークのギフト需要など、簡単には代替できない強みを持っている。専門家のなかには、不買運動が長期化する可能性は高くないと見る声もある。
実際、カカオトークの「ギフト」では一時ランキングを落としたものの、その後スターバックスの商品が再び上位に戻ったとの報道もある。
つまり、韓国スタバは揺らいでいるが、簡単に崩れるほど弱いブランドでもない。
だからこそ今回の問題は、単なる売上減少ではなく、「強いブランドでも社会的感度を誤れば一気に信頼を失う」という例として見える。
日本では好調、問われる社会的感度
一方、日本のスターバックスは、かなり異なる文脈で語られている。
『ITmedia ビジネスオンライン』は、アメリカで「スタバ離れ」が進む一方、日本のスターバックスは好調を維持しているとし、その理由として“第3の場所(サードプレイス)”としての機能を挙げている。
同記事によれば、日本のスターバックスは1996年の上陸以降、都市部の一等地への出店や全面禁煙、おしゃれな店舗空間などによって、従来の喫茶店とは異なるブランド体験を定着させてきた。単にコーヒーを買う場所ではなく、仕事の合間に立ち寄り、友人と話し、一人で過ごす場所として受け入れられてきたというわけだ。

もちろん、日本のスターバックスにも価格や混雑、店舗ごとの居心地の差といった課題はある。それでも、現時点で大規模な不買の対象としてブランド全体が揺れているわけではない。日本ではなお、「居心地」や「ブランド体験」がスターバックスの強みとして受け止められている。
対照的に、韓国のスターバックスは今回の騒動によって、「居場所」である前に、企業としての歴史認識や社会的感受性を問われる存在になった。
同じブランドでも、日本では“第3の場所”として評価され、韓国では“歴史への向き合い方”が問われている。この差は小さくない。
韓国スターバックスの騒動が示したのは、人気ブランドの危うさでもある。
韓国でもスターバックスは、都市生活の象徴であり、待ち合わせ場所であり、仕事や休憩の空間であり、ときにはステータスでもある。だからこそ、ひとたび信頼を損なうと、批判は商品そのものを超えて広がる。
特に韓国では、5・18民主化運動の記憶は今も政治的・社会的に非常に敏感な問題だ。過去の歴史をどう扱うかは、単なる不謹慎かどうかではなく、民主化の犠牲をどう記憶するかという問題につながる。
日本のスタバが「第3の場所」として好調を維持しているのに対し、韓国のスタバは「歴史をどう記憶する企業なのか」を問われる場に立たされた。
全国一斉15時閉店と全社員教育は、その象徴的な出来事だ。
コーヒーの味や店舗数だけでは、ブランドは守れない。韓国スターバックスの苦境は、強いブランドほど、社会の記憶に無自覚ではいられないことを示している。
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