韓国で「国民の父」と呼ばれ、長年にわたって親しまれてきた名優が、この世を去った。
俳優のチェ・ブラムさんだ。
故人は10月29日22時ごろ、ソウル市内の病院で死去した。享年87歳。韓国メディア『聯合ニュース』が30日、遺族の話として報じた。
昨年3月に腰の手術を受けて以降、歩行が困難となり、リハビリに取り組んでいたが、その後、健康状態が急激に悪化したという。
訃報を受け、李在明(イ・ジェミョン)大統領も自身のXを通じて追悼のメッセージを発表した。
「私たちの時代の父、チェ・ブラム先生のご冥福をお祈りします」。李大統領はそう題した文章で、故人の俳優人生と社会への貢献をたたえた。
日本ではあまりなじみのない名前かもしれない。しかし、韓国では大統領が公式に追悼するほどの存在だった。
チェ・ブラムさんは、いったいどのような俳優だったのか。
18年間の刑事、22年間の父親

チェ・ブラムさんは1939年、韓国・仁川に生まれた。本名はチェ・ヨンハン。1959年に舞台『ハムレット』でデビューし、1967年からテレビドラマでも活動を始めた。
その後、約67年にわたって映画、ドラマ、演劇など幅広い分野で活躍。韓国を代表する俳優として確固たる地位を築いた。
その俳優人生を語るうえで欠かせないのが、2つの長寿ドラマだ。
一つは、1971年から1989年まで、途中の休止期間を挟みながら放送されたMBCの刑事ドラマ『捜査班長』(原題)。チェ・ブラムさんは主人公のパク・ヨンハン班長を演じ、正義感と人情味あふれる刑事として人気を集めた。

同作は韓国の刑事ドラマの先駆けともいわれ、2024年には前日譚となる『捜査班長1958』も制作された。チェ・ブラムさん自身も特別出演し、長年愛された役柄とのつながりを見せた。
もう一つが、1980年から2002年まで22年間放送された『田園日記』(原題)だ。
韓国の農村に暮らす人々の日常を描いた国民的ドラマで、チェ・ブラムさんは一家の大黒柱であるキム会長を演じた。妻役のキム・ヘジャとは長年にわたって夫婦を演じ、実生活でも夫婦だと思い込む視聴者がいたほどだったという。

一方では正義を守る刑事、もう一方では家族を支える父親。
チェ・ブラムさんは、単に人気作品に出演しただけではない。何十年にもわたり、同じ役柄で韓国の家庭のテレビに登場し続けたのだ。
それが、韓国で「国民の父」と呼ばれるようになった大きな理由の一つだろう。
訃報の前日、韓国を代表する俳優7位に
そんなチェ・ブラムさんの存在感を示す、興味深い調査結果がある。
韓国の世論調査会社「韓国リサーチ」が、奇しくも訃報の前日となる10月28日に発表した「韓国を代表する俳優とその条件」だ。
韓国全国の18歳以上の男女1000人を対象に、8月21~24日、韓国を代表する俳優を最大3人まで自由に挙げてもらった。
その結果、1位はイ・ビョンホン(22%)、2位はチェ・ミンシク(18%)、3位はソン・ガンホ(15%)。そしてチェ・ブラムさんは、イ・ジョンジェと並ぶ7位タイ(9%)に入っていた。

注目すべきは、世代による違いだ。チェ・ブラムさんを韓国代表俳優として挙げた人は、60代と70歳以上でそれぞれ19%に上った。特に60代男性では27%、70歳以上の男性では26%に達し、いずれもすべての俳優の中で最多だった。
その一方、30代以下では名前を挙げた人がいなかったが、若い世代に知名度がないという意味ではない。韓国を代表する俳優としてチェ・ブラムさんを挙げる割合には、世代によって大きな差があることがわかる。
それも無理はない。『捜査班長』や『田園日記』に親しんできた世代にとって、チェ・ブラムさんは単なる人気俳優ではなく、長年の日常をともにしてきた存在だったからだ。
俳優以外にも、1992年から1996年まで国会議員を務めた異色の経歴を持つ。さらに2011年から2025年までは、KBSの教養番組『韓国人の食卓』(原題)で14年間にわたり司会を担当した。
長寿ドラマが終わってからも、韓国各地の食文化や人々の暮らしを伝える番組を通じて、親しみ深い姿を見せ続けた。
大統領が追悼した「国民の父」
チェ・ブラムさんが慕われた理由は、出演作品の多さだけではない。後輩俳優たちとの温かな交流も、その人柄を物語っている。
女優キム・ヘスは2021年、テレビ番組で、チェ・ブラムさんから届いたメッセージを一通も消さずに保存していると明かした。
「先生のメッセージは一編の詩」
海外での仕事が続くキム・ヘスに対し、チェ・ブラムさんは移動の大変さや体調を気遣い、季節の情景を交えながら長い文章を送っていたという。キム・ヘスは、その言葉を何度も読み返していたと語っている。
また、チェ・ブラムさんは長年にわたって社会貢献活動にも取り組んだ。
子どもたちを支援する「緑の傘子ども財団」の全国後援会長などを務め、支援を必要とする子どもや青少年のために力を尽くした。今回の葬儀も、こうした活動をたたえ、同財団の主催で執り行われる。

李在明大統領が追悼文で特に言及したのも、そんな故人の生き方だった。
「良い俳優になるには、まず自分自身が人間として立派でなければならない」
李大統領はチェ・ブラムさんの生前の言葉を引用し、演技の枠を超えて、人々や社会に温かな心を示してきたと振り返った。そして、こう続けている。
「正義を守る刑事として、親しみ深い父親として、私たちのそばにいてくださった先生の姿は、長く国民の心に残るでしょう」
正義を守る刑事として18年間、家族を支える父親として22年間。そして、その後も人々の暮らしに寄り添い続けたチェ・ブラムさん。
「国民の父」とは、単なる人気俳優への愛称ではなかったのだろう。テレビの中で演じた父親像と、現実の社会で人々に向けてきた温かなまなざし。その両方が、韓国の人々の記憶に深く刻まれている。
李大統領は追悼文の最後に、こうつづった。
「私たちの時代の父として、長年にわたって国民のそばにいてくださった先生を忘れません」
韓国の一時代を支えた「国民の父」が、静かにその生涯を閉じた。
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