【テクニカルレポート】小惑星探査機「はやぶさ」の開発と成果(後編)……NEC技報 | RBB TODAY

【テクニカルレポート】小惑星探査機「はやぶさ」の開発と成果(後編)……NEC技報

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図.10 イオンエンジンのクロス運転模式図
図.10 イオンエンジンのクロス運転模式図 全 1 枚
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(5)帰路の試練とリカバリ

 イトカワから離陸後、RCSの燃料漏れによる通信喪失が発生しました。いったんは安全姿勢に移行することで通信を回復し、イオンエンジンの中和器から流すXeガスを用いた姿勢制御を開発することで安定しましたが、2005年12月9日に再度大きな燃料漏れが発生して姿勢を喪失した結果、通信が途絶えました。

 どこかのタイミングで「はやぶさ」の太陽電池に太陽が当たる姿勢になるはずであるとの推定から、電源が回復するタイミングを逃さずコマンドが到達するよう、想定される多くのケースを網羅的にコマンドし続けるツールを作り、連日「はやぶさ」立ち上げのコマンドトライを続けました。

 この結果、2006年1月23日に「はやぶさ」からの電波を受信し、再び「はやぶさ」をとらえることができました。この後、送信キャリアのON/OFFに情報をのせた1bit通信により、探査機の状態把握を行ったところ、RCSは使用不能であり、BATも故障していることが明らかとなりました。

 そして、Xeガス姿勢制御で徐々に通信に適した姿勢に変えていき、2006年3月には中利得アンテナによる32bps通信を回復することができました。その後にはイオンエンジンの再起動にも成功し、2007年及び2009年にイオンエンジンによる帰還軌道の軌道制御を実施しました。

 帰還軌道中の姿勢制御においては、Xeガスの消費を抑えるため、太陽光の圧力を利用してパッシブな太陽追尾を実現する姿勢制御プログラムを新たに開発し、帰路の燃料節約と姿勢維持を行うことに成功しました。

 また、帰還直前の2009年11月にイオンエンジンが停止し、一時は地球への帰還が絶望的となりましたが、イオンエンジンのAスラスタの中和器とBスラスタのイオン源の回路をつなぐことにより、スラスタ1台分の推力を出すことに成功し、再度地球と会合する帰還軌道に戻すことができました(図10)。

(6)帰還とリエントリ

 2010年3月27日に復路の地球帰還目標位置への誘導を完了し、イオンエンジンによる動力飛行を完遂しました。その後、TCM-0~4と呼ばれる、着地点への精密誘導を行うためのイオンエンジンによる軌道変換と、その前後での軌道決定を繰り返し、2010年6月9日にオーストラリア ウーメラ砂漠にあるWPAへの誘導運用を成功裏に完了しました。

 2010年6月13日の19時51分(日本時間)に再突入カプセルを「はやぶさ」から分離し、7年もの長旅を終え、「はやぶさ」はカプセル誘導の最後の役目を果たしました。

 その後22時51分(日本時間)カプセル及び「はやぶさ」本体は大気に突入し、「はやぶさ」本体は火球になり分解しながら燃え尽きましたが、カプセルはアブレータによる熱防護も良好で、パラシュート開傘及びビーコン送信にも成功し、成功裏に着地、回収することができました。

5.「はやぶさ」から得られたもの

 「はやぶさ」は、新規開発の実証項目の多さと、それぞれの項目の難易度の高さから、当初より非常にチャレンジングな計画との認識を全関係者が共有した状態で始まりました。

 この困難な探査機システムを成立させるために、個々のサブシステムが、配分を守るという局所最適から一歩踏み込み、目標を達成できないサブシステムの質量超過を他のサブシステムが軽量化で補うなどの協力を行うことで、始めて軽量化の目標を達成することができました。

 これは、高いレベルの最終目標を共有し、最終目標達成への高いモチベーションを維持できたからこその成果です。その高いモチベーションとメーカや団体を越えたチームワークは、開発の最初から帰還にいたる最後まで維持することができ、それがミッション完遂につながりました。

 「はやぶさ」の成功が社会で広く知られることとなり、「はやぶさ」及び宇宙事業に対する社内外の認識、理解も高まり、社内的にも、高い目標を掲げたイノベーションへの情熱の大切さと、あきらめない、やりぬくことの大切さを改めて共有することができました。

 「はやぶさ」で開発して実証された新規技術のマイクロ波放電型イオンエンジンは、商用化の準備を進めており、ビジネス拡大につながる成果として実を結びつつあります。

 また、現在開発中のNECの標準バス衛星の1つである小型衛星「NEXTAR」では、「はやぶさ」で実証された探査機の自動化自律化プログラムを実装することで、運用への信頼度向上やロバスト性の向上、運用省力化の仕組みが盛り込まれている他、「はやぶさ」で情報伝達効率の良さが実証されたオンデマンドテレメトリ方式を、新しい衛星高速ネットワーク方式であるSpaceWireに適合する形で新たに実装しています。

 「はやぶさ」で高い目標を持って開発した種々の技術が、7年の過酷な航行での技術実証を経て、着実にこれからの衛星の技術の礎として生かされています。

 科学・技術実証SBUの柱の1つが深宇宙探査であり、今後も深宇宙探査機で必要となる更なる技術開発が、その後の宇宙開発事業に大きく貢献していけるものと確信します。

 最後に、開発や運用において、最大限のご指導とご支援をいただきました宇宙航空研究開発機構(JAXA)殿/宇宙科学研究所(ISAS)殿、各大学の関係者の方々、及び無理なお願いに対しても、最終目標を共有しつつ最大限のご協力をいただいたプロジェクト関係各社殿に心より謝意を表します。

■執筆者(敬省略)
・萩野慎二
航空宇宙・防衛事業本部
宇宙システム事業部
シニアマネージャー

※同記事はNECの発行する「NEC技報」の転載記事である。

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