【連載・視点】地域の危機を救った卵かけご飯醤油「おたまはん」 3ページ目 | RBB TODAY

【連載・視点】地域の危機を救った卵かけご飯醤油「おたまはん」

エンタープライズ その他
ヒット商品になった卵かけご飯醤油「おたまはん」
ヒット商品になった卵かけご飯醤油「おたまはん」 全 11 枚
拡大写真
■さらにブレイクするきっかけ作り

 「おたまはん」が最も盛り上がったのは平成18年くらいだ。同社では、たまごかけご飯をテーマに何かしかけたいと考えていた。それを具現化したのが、たまごかけご飯の魅力を確認する「日本たまごかけご飯シンポジウム」だ。販売を開始して3年後のことである。この計画は地元を中心に小さな注目を集め、ネットで情報が広がり全国的な話題となっていった。

「僕はイベントが嫌いなんです。イベントは一過性で、実現するまでの苦労は大変。やった満足感は一瞬はあるが、お金の面は厳しいし、反省しか残らない」と高岡氏は話す。それでも、シンポジウムをやったのは市町村合併があったからだ。雲南市は平成16年、当時の吉田村をはじめ大原郡大東町、加茂町、木次町、飯石郡三刀屋町、掛合町の6町村が合併して生まれたが、「吉田村は合併する地域のなかでは一番端にあり、人口ももっとも少ない。合併してしまえば決定権もなくなり、お金もなくなる」「つまらん、つまらんという話ばかりがでていた」(高岡氏)。そこで高岡氏は、当時は少し利益がでていたため、その利益を使って皆が元気になることをやろうと考えた。それがシンポジウムだった。中身は学術的な要素も加え、作文、論文、レシピ、食べ方も募集した。当日は、村の人口よりも多い2500人の参加者が集まった。結局これまで毎年開催するほどに成功しているイベントだが(2013年で第9回)、市の腰は重かった。計画書を出してもなかなかOKがでない。仕方なく農林水産省を訪ねたら「面白いね。補助金使ってみないか?」という反応が。結局、県も市も承認せざるを得ない状況になっていった。

 反応は、おたまはんの注文にはねかえってきた。「あれにはびっくりしました」と高岡氏は振り返る。「イベント最終日に終礼をして留守番電話を解除したら、電話がなりっぱなしになったんです。切ったら鳴る、切ったら鳴るの繰り返しです」。会社に電話がつながらないので、農協とか役場とかそれらしいところにも問い合わせが行ったという。それからは倍倍で販売量が増えていった。最高で注文してから手元に届くまで4ヵ月待ちという状態の時もあったという。

 同社が販売する商品にはユーザーの反応を見るための返信ハガキが入っている。普通は商品の味や価格のことが中心になるが、おたまはんのハガキはちょっと様子が違う。自由欄に、卵かけご飯に関する思い出を書く人が多い。しかも、欄内に書ききれず、封書で送ってくる人もいる。高岡氏は、この状態を見たとき、卵かけごはんはソウルフードだと思ったと話す。

 現在は、すぐに儲けを生みにくい観光を手掛けている。人を雇用し、補助金も使いながら交流人口の拡大を図っていく。最終的は交流だけではなく、地域の定着にもっていきたい計画だ。

 今では地域の成功例として講演を行う機会もあるという高岡氏。「規模は小さくても自立してやっていける。我々のようなケースを増やしていきたい」「大切なのもののひとつは“人”だ。いろんなタイミングでひっぱっていく人が必要になってくる。また、それに向かって協力する体制が作れることが重要だ」と話してくれた。
  1. «
  2. 1
  3. 2
  4. 3

《RBB TODAY》

【注目記事】

この記事の写真

/

関連ニュース