【視点】葡萄農場に気象センサーを設置!山梨県・三澤農場のワインづくり | RBB TODAY

【視点】葡萄農場に気象センサーを設置!山梨県・三澤農場のワインづくり

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山梨県明野町にある三澤農場
山梨県明野町にある三澤農場 全 4 枚
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 2015年4月、山梨大学ワイン科学研究センターが文部科学省の支援事業として、葡萄農場に気象センサーを設置した。導入場所に選ばれたのは、葡萄の産地として有名な山梨県勝沼町から車で約50キロ。標高700メートルの冷涼な山間部の山梨県明野町にある三澤農場だった。

 オーナーは日本初の原産地認証ワインを醸造した、県下でも老舗のワイナリーとして知られる中央葡萄酒株式会社。これまでに、国産ワインコンクールなどで数々の賞を受賞し、13年には世界で最も信頼される国際的なワインコンクール「Decanter Asia Wine Awards」でアジア初の金賞を受賞している。

■勘に頼らずに収穫時期を予測する
 三澤農場は中央葡萄酒のオーナー、三澤茂計さんが自ら手掛ける葡萄畑だ。広さは約12ヘクタール。年間にフルボトルで約5万本に相当する葡萄を収穫している。その葡萄畑の中に、今回の取り組みでは気象センサーと日照センサーの2つが設置された。

「光合成による糖の蓄積に加え、赤ワイン特有の色素となるアントシアニンの生成には、日照時間が大きく関わってきます。一方で、成熟が十分でないと、青臭さの原因となるメトシピラジンが強く出てしまう。さらに、降雨量も葡萄栽培には欠かせない情報です。植物は土中の水分が多いと枝葉が伸びやすくなり、果実に行きわたる養分が少なくなってしまいます。また、タンニンの生成も気象に左右され、夏の夜の温度が低い方がシルキーな味わいになるわけです」

 こうした葡萄の成熟に関わる気象情報を集めるにあたって、気象庁の発表しているデータは参考にならないと三澤さんは言う。ひとつ先の農場では集中豪雨に見舞われているかもしれない状況では、よりピンポイントな雨量や日照条件を知る必要があった。

「特に、実り始めの頃と、果実が熟してpH値が上がり始める時期。このときの日照条件によって、葡萄の成熟は大きく変わります。我々は天候を変えることはできませんから、その影響で果実がどのように変化するかを客観的に知りたかった。さらに言うなら、果実の成熟がピークになるタイミングを、人の勘に頼ることなく予測したかったんです」

 これまで、多くの葡萄農園では果実を味わったり、潰してセンサーで分析することで、葡萄の状態を確認していた。しかし、これではピークを越えたと確認できたタイミングでしか、収穫を決断することができない。

「赤ワイン用の葡萄は、特に熟成のピークとなる期間が短いんです。ピークを過ぎてから数日が経てば、その間に雨に降られて、果実に悪い影響を与えるリスクも抱えることになる。でも、葡萄の成熟が予測できれば、収穫時期をベストなタイミングで決められますし、収穫の人手もピンポイントで抑えられる。貯蔵用の樽の種類、収穫後の醸造方法、熟成期間なども事前に検討できるようになります」

■“奇跡のテロワール”は人の手が生み出す
 葡萄畑のセンサーから収集された情報は、現在は山梨大学ワイン科学研究センターで管理されている。これに、三澤農場が定期的に行う葡萄の分析結果を組み合わせたデータベースを作成。天候条件と果実の成熟の関係を割り出すのが、今回の取り組みにおける三澤さんの狙いだ。

「そのための事例を増やすためにも、今後はもっと多くの農場でセンサーを導入してもらいたいですね。葡萄は原則的に同じ品種であれば、早く熟す方が良いと言われています。その速さは系統や枝によっても変わるわけですが、データベース化すれば、そうした農場ごとの個性もわかるようになるでしょう」

 では、センサーを設置すれば、いわゆる“奇跡のテロワール”と言われるような好立地が見えてくるのだろうか? 三澤さんによると、それはある意味で正しく、そして間違っているという。

「年間で1600時間と日本でも有数の日照時間に恵まれ、標高が高くて南風が吹くので冷涼感がある。これが三澤農場のうたい文句です。でも完璧なテロワールなんてものはありません。それは醸造家なら誰でも知っていることで、どの畑も何かしらの条件に問題を抱えている。それを克服することで、面白い特徴を持つことが、ワインの個性になっているんです。シャトーの歴史と伝統というのは、そのワインの顔が多くの人に支持されてきたということで、もちろんそれは凄いことです。ただ、狭義のテロワールだけでワインの価値をきめるとなると、伝統的産地以外のワインを否定することに繋がりかねません。それではワインが持つ多様性の魅力を見い出せないわけです」

 近年では、いわゆるニューワールドと呼ばれる、チリやカリフォルニア、ニュージーランドのワインが人気を集めている。葡萄の木を持ち込み、育て、ワインを醸造する。その中で、ワインの質を上げるために様々な挑戦をすることが、消費者にとって興味が湧く楽しいワインを生んでいると三澤さんは言う。

「数あるお酒の中でも、原料となる葡萄の品質が色濃く出やすいのがワインです。だから、醸造家が葡萄から育てるのが、本当は正しい。醸造家と農家では果実の熟成についても判断基準が違います。アントシアニンを一定量まで上げて、メトシキラジンを抑える。その上で、糖や酸を確保して……といった理想をイメージしながら葡萄を育てること。契約農家から葡萄を単純に買い取ればよいというのでなく、自社で栽培する農場を醸造家が毎日見回り、収穫時期などを判断したいわけです」

 日本では醸造の過程で補糖や補酸、その両方を行うことが法律で認められている。しかし、中央葡萄酒では産地や収穫年の特徴を打ち出すために、早くから補酸や補酸を止めた。

「三澤農場ではカヴェルネ・ソーヴィニヨンやメルロー、地元の甲州種など5品種の葡萄を育てています。その味わいがダイレクトに伝わるようなワインを作ること。それが、醸造家としての理想なんです」

 センサーを導入する農場の数が増え、データベースが完成するには10年、20年と長い年月が必要になるだろう。三澤農場の葡萄作りへの挑戦は、これからも続いていく。

【地方発ヒット商品の裏側】気象センサーが生み出す理想のワイン……山梨県・三澤農場の葡萄作りへの挑戦

《丸田鉄平/H14》

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