【視点】「転倒予防の町」を作り上げた「あきらめない」技術力 | RBB TODAY

【視点】「転倒予防の町」を作り上げた「あきらめない」技術力

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新宅専務とあぜ編みの試作機
新宅専務とあぜ編みの試作機 全 7 枚
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 株式会社コーポレーション・パールスターがあるのは、広島県東広島市 安芸津。安芸津は、NHKの連続テレビ小説「マッサン」ともゆかりの深い、日本酒の軟水醸造法を育んだ山と海に囲まれた静かな港町だが、最近では「転倒予防の町」としても知られるようになった。

 この「転倒予防」からの町づくりに、広島県立安芸津病院とともに一役買っているのが、株式会社コーポレーションパールスターの、新宅悦雄専務だ。

 医療品大手企業 テルモにも技術提供をしているヒット商品「転倒予防靴下」と、会社のこれまでとこれからについて伺った。

●「普通の」靴下から「特別な」靴下へ

 コーポレーションパールスターの前身は旧陸海軍向けの軍足工場。戦後は一般的な靴下を製造販売するようになり、学生だった新宅専務も手伝いとして各地の婦人会などでセールスを行っていた。その中で聞いた一言を業務日誌に書き留めたことが、転倒予防靴下を生む物語の始まりになる。「夏でも足が冷えるので、靴下を二枚重ねばきにしているらしい」業務日誌にそう書き留めた4年後、一人暮らしのアパートに郵送で届いた父親からの封筒には、二重靴下の試作品が入っていた。

 地元に戻った新宅青年は、この二重靴下を完成させるために帝人グループの株式会社帝健で当時新しく開発されていた保温性の高い繊維 テビロンを導入することにする。もともと靴下産業は、衣料品業が盛んな兵庫や奈良が主要産地であるため、産地外の会社としての「特別な」特徴が必要だった。水分を吸わず繊維の中では最も保温力が高いテビロンは、一方で静電気が凄まじいために縫製加工が難しい。

製品としての不良率が高くなるため、繊維としての優位性はわかっていても、一般の製造会社は手を出さない素材だった。「ほかが嫌がることをやれば生き残れる」ーそう考えた新宅社長は、当初は製品の7割にも登った不良率を克服し1年後の1980年には商品化に成功。「普通の」靴下から「健康機能靴下」の製造会社への一歩を踏み出した。

●探究心とひらめきが次の技術を産むー町工場の技術が結集

 その後も保温性の高いテビロンの靴下製造を軸に経営を行っていたが、2003年に、このテビロン靴下の利用者から「日中は暖かいけれど、夜には足が冷える」と意見を聞いたことから、さらなる改良を進めることになった。問題は足裏の発汗だった。

 汗の水分が靴下に回り、熱伝導によって足全体を冷やすという悪循環が起こっていたのだ。これを解決するために試行錯誤していたある日、父親から学生時代に送られた万年筆で書き物をしていてはたと閃いた。凹凸編みで溝ができるあぜ編みを使えば、毛細管現象で足裏の汗を靴下から外へ逃すことができる。

 しかしそれまで、編み機の回転方向の違いから技術的に不可能として、かかとやつま先部分にあぜ編みは使われていなかった。機械メーカーには案の定技術的に不可能と断られたが、あきらめられなかった専務と工場長は、当時すでに70代後半であった大阪の鉄工技術者に部品の製作を依頼。部品の改良を重ねながら機械を組み立て、とうとうそれまで不可能と言われていた「あぜ編み靴下装置」を開発。2004年には「中小企業ベンチャー挑戦支援事業」(経済産業省)の補助金も手にし、新しい技術を確立していった。

■かけられた声をチャンスに、技術にーテルモとの技術提携

 そんな矢先、島根の石膏義肢装具関係者から、足先の上がる靴下の開発を依頼される。高齢化社会が進む中で高齢者による転倒事故が増えている、不可能と言われていた「あぜ編み靴下装置」を開発した技術力があれば、転倒を予防する靴下も作れるのではないか、という提案だった。

 当時すでに滑り止めのついた転倒予防と言われる靴下は販売されていたが、実際のところ歩行時に足をあまり上げない高齢者にとっては、ブレーキの役割を果たしてしまい逆に危険となる。足先を靴下で上げることで転倒を防ぐ、という発想を形にするため、広島大学の浦邉教授の協力を得て開発されたのは、編みによってつま先を上に上げながらも着地においては地面を掴む足指の把持能力が自然と引き出されるように設計された「転倒予防靴下」だった。2007年のことであった。

 広島大学との共同研究を重ね、浦邉教授の学会発表や数々の介護系コンテストなどでの受賞で知られるようになった「転倒予防靴下」は、病院や介護施設、薬局などで広く取り扱われるようになり、2011年には、TBSテレビ「夢の扉」にも登場、転倒予防の分野では第一線の商品となった。同時期に医療品大手 テルモからの技術提携の話を受け、8台の機械無償貸与によりテルモ商品としての「転倒予防靴下」(テルモ名 アップウォークなど)を生産するまでになった。

 一方、一時は廃止の話も出たというコーポレーションパールスターの地元 安芸津病院との連携も始まった。産官学連携として、実際に安芸津病院に通院・入院している高齢者への本格的な転倒についての研究調査が行われるようになり、予防介護・転倒予防のモデル地域として安芸津の町おこしにもつながっている。

●転倒予防靴下の今、そしてこれから

「転倒予防靴下」のために集結され改良されてきた技術は、現在は「むくみ防止靴下」や外反母趾用靴下「おやゆび想い」、医療用のサージカルソックスなどさまざまな分野に転用されながら、大学との共同研究の元次々と新たな商品開発につながっている。

 これまで、圧倒的な技術力と研究心、そして大学との連携により数々の技術的な難問を解決し、介護予防という新たな医療用品分野に新たな道筋を切り開いてきたコーポレーションパールスターだが、現在の課題はセールス・プロモーションだという。例えば「転倒予防」と書かれた商品を、実際にそれを必要とする高齢者がどれくらい手にとるだろうか、という問題だ。高齢者が自分の体力低下を意識することなく、それでいて自分の日常生活にプラスになるから買いたい、と思われるようなパッケージングを目指し、コーポレーションパールスターは11月から、元来の「転倒予防靴下」の呼び名を「どんどんウォーク」と変えた。売れ行きは、好調だという。

 「人が嫌がる分野をやらないと、生き残れない」という新宅専務の就任当時からの気概が、不可能を可能にする「あきらめない」技術力と、介護予防という新分野への先見の明、研究機関との適切な連携体制を呼びこんで、小さな港町の靴下工場を大手企業との技術提携を結ぶまでに押し上げた。これからは、そのチャレンジ精神をセールス・プロモーションでもいかんなく発揮していくはずである。

【地方発ヒット商品の裏側】テルモにも技術提供、転倒予防靴下とは?

《築島渉》

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