【対談】TPPで変わる著作権、アニメや漫画の現場はどう変わる? | RBB TODAY

【対談】TPPで変わる著作権、アニメや漫画の現場はどう変わる?

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前衆議院議員の三谷英弘氏
前衆議院議員の三谷英弘氏 全 2 枚
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 業界を代表するWEBメディアの編集長が、TPPの影響について専門家と語る対談シリーズ。第一回目は知的財産権を専門とする弁護士を経て、渡米後はマンガ出版社VIZ Mediaに在籍。12年には衆議院議員に当選し、経済産業委や消費者特別委に所属した三谷英弘氏に、「アニメ!アニメ!」編集長の数土直志氏が話を聞いた。

■TPPが暗黙のルールを可視化する
数土編集長:まずはTPPとは何かということを、簡単におさらいして頂けますでしょうか?

三谷氏:簡単に言うと、海外取引の障壁となっているルールが国によって違うので、それを取り除いていきましょうという話です。いろいろな国での関税障壁、非関税障壁を取り除いていきましょうと、ざっくりそんな感じですね。

数土編集長:障壁が無くなって貿易が増えれば、日本やパートナーの国々が豊かになっていくわけですね。でも、急激な変化を嫌う人もいるわけで、それがここ数年の騒動になっています。それは、著作権やコンテンツを持つ人にも何か影響はあるのでしょうか?

三谷氏:どんな業界にもビジネスを円滑に進めるための仕組みがあって、それぞれの国独自のものなんです。それを共通化するわけですから、業界独自の暗黙のルールが成り立たなくなる。例えば、アメリカの農業で何が暗黙のルールなのかは、日本から分からないわけじゃないですか。それでは投資の妨げにもなるので、他の国でも通用するようにする。それがTPPの目的なんです。後で説明しますけど、日本のアニメや漫画などのコンテンツ産業では、世界でも類を見ない独自のルールがあるわけです。

数土編集長:それも見えないルールが多いですよね。

三谷氏:だからそれをできる限り可視化し、共通化しようという話になっていく。海外から見て、日本独自のルールがどういうものか分からなければ、投資がしづらいわけです。

数土編集長:日本のアニメや映画製作でよく見られる製作委員会と聞いても、海外のかたはみんな分からないと言いますからね。

三谷氏:そもそも日本以外には無いですからね。

■著作権の保護期間延長、キャラクターの立ち位置は?
数土編集長:著作権の長さについては、今までアメリカは独自のルールで運用していると言われていました。これが日本でも適用されることになるのでしょうか?

三谷氏:まずTPPに入ることによる著作権法への影響からお話し致しますが、著作権は3つの点で変わると言われています。一つが著作権の保護期間の話なのですが、日本は元々が50年(映像の著作物は70年)までとされている。今後はこれがすべて70年になるとされています。実はアメリカの場合、個人がクリエイターとして作ったものではなく、会社が営利目的で作った法人著作は、保護期間がもっと長いんです。公開から95年、制作から120年の短い方となっているので、アメリカはもっと先に行っています。

数土編集長:それは今回は適用されないのですか?

三谷氏:はい、されません。EUなどにあるような、一般的な70年に合わせましょうという話になっています。それからもう一点、TPPと直接関係はありませんが、補足させてください。例えば、ディズニーのミッキーマウスの映画で著作権が切れたとしても、それでミッキーマウスが使い放題になるというわけではありません。そこには誤解があるようですね。

数土編集長:あ、そうなんですか。

三谷氏:専門的なことをいうと、キャラクターは商標権や不正競争防止法などによっても保護されています。だから実際にはキャラクターの保護期間はもっと長いんですよ。

■実は影響力の大きい「法定賠償制度」
三谷氏:TPPで変わることの残り2つが、今話題になっている非親告罪化と法定賠償制度の導入ですね。

数土編集長:法定賠償制度については、あまり知られていないような気がしますが。

三谷氏:ですが、これって今後すごい問題になると思います。もちろん犯罪者を守ろうという議論ではありません。今まで何度も導入が議論されてきましたが、実現していないのは、そのような制度で賠償額を算出する合理的根拠がなかったから。それが、今回この制度が導入されることで、すごいことになりますよ。

数土編集長:例えば、現在は海賊版を作ると損害賠償が請求されますが、その額が跳ね上がるということですか?

三谷氏:そうですね。現在でも損害額の算定が難しい場合に、一般的なライセンス料をもとに損害額を推定する制度はあります。でも、今度は権利が1回侵害される度にいくらという風に簡単に損害額を計算できるようになり、その金額が莫大なものになる。だから、海賊版を作る業者などに対してはものすごく大きな牽制になりますよ。

数土編集長:それならいいことづくめで、普通の善良な業者にとってはあまり関係がないということでしょうか。

三谷氏:今までと同じ感覚で自分が管理している場所で著作権の侵害がある場合、それに今までの感覚で目をつぶっていると、突如ものすごい損害賠償を請求されかねません。

数土編集長:例えば、動画共有サイトなどですか?

三谷氏:それもありますし、ネット上のショッピングモール、クラウドサービスを提供する業者にも言えます。

数土編集長:著作権が侵害されているかを把握しきれないですものね。

三谷氏:もちろん対応が悪い業者に対しては「侵害されていると分かっていたはずでしょう?」ということで責任追及することは以前から行われておりました。ただ、そうはいっても、今までは額も少ないし、実際に損害賠償請求はしづらかったわけです。

数土編集長:言われてから削除するというのが常套手段ですよね。

三谷氏:もちろん、対応としてはそれでいいんですけど、これからは責任追及された場合の損害賠償が高額になります。前からプロバイダ責任制限法みたいなものがありましたが、その隙間を狙ってくることはあります。今までは額も限られていて、どうせ請求できないからと関心が無かったわけです。でも、請求額が跳ね上がるとなれば、チャレンジしてくる恐れはあります。

■二次創作はTPPでは許される?
数土編集長:すでにある作品をベースに独自の創作を加えた作品、二次創作の部分については、どのような変化があるのでしょうか? これを権利者でもなく、創作者でもない第三者が勝手に訴えることは可能なのですか。

三谷氏:著作権侵害の犯罪を非親告罪にすることに対して、実は、僕は必ずしも否定的ではないんです。たとえば漫画の世界だと、漫画家自体が著作権者なので、いくら出版社が動きたいと言っても漫画家さんの手を煩わせない限り無理だった。もちろん出版権が整備されたので一部では解決されていますが、そんな例は数限りなくあるわけです。クリエイターに裁判やれなんて無粋なことを言わずに済むようになるので、その点については非常に良いことだと考えています。ただ、その一方ではご指摘の通り、今度は二次創作への影響が大きな問題になっています。その影響を防ぐため、山田太郎参議院議員による国会での議論を含め、難しい議論がされた結果、最終的には商業的規模の活動かどうか、現権利者に損害を与えているかどうか。その2点をクリアしたものには、非親告罪化はしないという話になりました。例えば、コミケに対しては規制が入らないという整理になりました。とはいえ、それもどうなのという話はありますが。

数土編集長:二次創作といえども、かなりの売り上げをあげるケースもあります。

三谷氏:それが商業的規模ではないと言えるか分からないですよね。それに、ものすごい利益を上げている壁サークルがあったとして、それで本当に原作者に損害がないと言えるのか分からないじゃないですか。今回のTPPの大筋合意ではこれらの点が明らかとなっていなかったので、個人的にはとても不安だと思っていたわけですが、数日前に明らかとされた著作権法の改正原案を見る限り、完全に海賊版の場合のみ非親告罪化するという規定になっていました。つまりは、二次創作は入らないという話にはなっているようなので、胸をなで下ろしているところです。

数土編集長:商業利用があるかないかを基準に分離したのは、離れ業だったと思うのですが。

三谷氏:いや、離れ業ですよ(笑)。個人的には、デッドコピーは非親告罪にして、翻案(著作物を加工したもの)は親告罪のままという切り分けが考え方としてはあるんだろうなと思います。

■著作権の変化で制作現場は何が変わる?
数土編集長:TPPが導入されたとして、クリエイターは何に注意すべきでしょう?

三谷氏:TPPは暗黙のルールを失くそうというのがスタート地点なので、今まではお互いがなぁなぁで済ませていたことが無くなり、世界基準になっていくことが目指されていきます。だから、海外からは今まで以上に権利が行使されるようになります。TPPとは直接関係がないように思えるかもしれませんが、日本ではアニメや漫画で“マクドナルド”を“ワクドナルド”ともじって書く場合などがあるじゃないですか。今までそれが日本では成り立ってきましたが、それがNGになってくるかもしれません。

数土編集長:マクドナルドの頭文字Mをひっくり返して、Wにしてもアウト?

三谷氏:そうですね。たとえばアメリカではそういうやり方は通用しないので、日本のアニメや漫画を輸出する場合には、その辺を後からちゃんと権利処理をしてきたわけです。しかし、これからはルールが共通だということで、国内ではそんな今まで何となくお目こぼしされてきたようなものについても、海外からどんどん文句が言われる可能性が出てきます。さっきの例は商標の話ですが、著作権でも同じように厳しくなるかもしれません。ちなみに、日本にはパロディを許容する規定がないので、その辺はもしかしたら海外より厳しくなるかもしれませんね。

数土編集長:ビジネスが平準化されると、そういう処理が必要なくなる。海外に出やすくはなりますか?

三谷氏:それはあります。ただ、自主規制のために、日本のコンテンツがそのままアメリカに行けないこともあります。暴力には寛容的でも、性的表現にはうるさかったりしますので。それはさておけば、海外に行きやすくなるのは……あるんじゃないでしょうか。

数土編集長:作る段階から海外スタンダードを反映すれば、海外進出はしやすくなりますよね。

三谷氏:もちろんそうですね。最初から海外進出を考えているクリエイターも増えています。極端な例を言えば、日本では昔からあるのですが、見るからにランドセルを背負った小学生だけれど、一応設定は25歳のOLというようなキャラクターを想像してみて下さい。

数土編集長:設定だけということですね。

三谷氏:そういうキャラクターに性的表現を行わせることは、海外から見たら当然アウトなので、それができないという意味では海外展開を考えると表現の幅が狭くなるわけです。それを日本の漫画・アニメ業界としてどう考えるかもどこかで考えないといけないでしょうね。

数土編集長:より前向きなところで、TPPが導入することとで、ビジネスチャンスはあるのでしょうか? 例えば、投資の話もあるかと思いますが。

三谷氏:さすがですね。投資をしたり、投資を受けやすくなるというのは、間違いなくあります。国独自のルールが少なくなるので、海外から見ても相互にリターンが分かりやすくなる。お金の移動に関する規制は減っていきますし、人の移動もしやすくなる。

数土編集長:クリエイターの移動もあるんですか?

三谷氏:単純労働力の移動は認められないものの、個人のクリエイターの一時的な入国は、障壁をなくす方向になるようです。

数土編集長:一年間のプロジェクトのために、クリエイターが異動するのはあり? 今だとビザなどがかなり面倒だと思います。

三谷氏:それはかなり自由になるはずです。

数土編集長:では、最後にお伺いしたいのですが。中小のプロダクションなどにTPPによる著作権法の変化はプラスですか?それともマイナスですか?

三谷氏:僕は著作権の保護期間が長くなったことと、法定損害賠償制度ができたことをとらえて、僕はあえてプラスだと考えています。保護期間が長くなることを、どう捉えるかなんですよ。他の人が作ったものを使いにくくなるのはマイナスですが、自分の作ったものを保護されるのはプラスなんです。どうしても、こういう議論は受け身になりがちで、使いにくくなるじゃないかと。それはそうなんだけど、もう決まっちゃったことなんだからと(笑)。

数土編集長:今さら法律だから、もう変えられませんしね。

三谷氏:それをプラス思考で考えた方がいいんじゃないかということです。

《丸田鉄平/HANJO HANJO編集部》

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