【新連載・たわごと日和。】第1回 「発想」はどこからやってくるのか……羽生善治の「大局観」とAIによる「演算処理」 | RBB TODAY

【新連載・たわごと日和。】第1回 「発想」はどこからやってくるのか……羽生善治の「大局観」とAIによる「演算処理」

なにがしたかったのかと聞かれても、返すことばがないままに30代になった。

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 なにがしたかったのかと聞かれても、返すことばがないままに30代になった。

 20代のころからぽつぽつと書きはじめた文章が、いま仕事になっているというのはよくよく考えてみれば学生時分のぼくの想像の外だっただろうけれど、しかし程度がどうこうあれ「発想」をかたちにするという仕事であることには研究と大きな差はないのかもしれない。

 もともとは大学院で熱力学やら統計力学やらを専攻していて、わりと最近まで学者になるものだと信じていた。修士課程を終え、博士課程に進学し、研究留学などもしたが、博士論文を提出することなく「単位取得中退」で出てしまったことはひとえにぼくの怠慢としかいいようがない。しかし、研究を進めるなかでじぶんなりの「発想」がなにひとつかたちにできていなかったという自覚は息苦しかった。指導教官は「まぁ10年やってみて考えればいいことだよ」ということを笑いながらいったが、その10年を「長い」と感じてしまったところこそが、ぼくの「才能のなさ」であることはいうまでもない。

 しかし、研究にしろ芸術にしろ、そしてそのどちらでもないもっとささいな「表現」にしろ、その種はすべてひとつの「発想」だ。発想はいかにして生まれるのか、どこからやってくるのか、いかにして捕まえるのか――いわゆる「天才」を見るたびにぼくはそんなことを考える。「なぜそんなことが考えられてしまうのか」について考えられることこそ、特定のジャンルを持たないライターという気楽な人間の特権だろう。

将棋と機械


 先日、第76期順位戦プレーオフにおける羽生善治二冠と豊島将之八段の対局で、羽生が終盤に放った「△4八と」という手がちょっとした話題となった。ぼくは将棋については完全に素人でしかなく、パッと見ただけでこの手が良いのか悪いのかすらわからない。解説のひとは一見して悪手だと解釈したが、しかし検討を重ねるとこの手が最速で勝利を呼び込む手だということがわかり、「羽生先生はどうしてふつうに勝てないのか」といったコメントをしていた。

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 いわゆる「常人にはとうていおもいつかない発想」を羽生はしばしば披露する。なかでも印象的なものは1988年第38回NHK杯トーナメントの加藤一二三九段戦でみせた「捨て銀」であり、この一手で羽生は形勢を大きく逆転することに成功し、勝利をおさめた。この「捨て銀」などの有名な手のように、絶体絶命の状態を覆す奇想天外な一手はしばしば「羽生マジック」と呼ばれている。「だれも考えつかない」ということばに同義な形容が羽生に対して多数なされるけれど、しかしすべての可能な手数が厳しく制限され、理論上「最善手」が存在する二人零和有限確定完全情報ゲームである将棋において、よくよく考えれば(あえて乱暴にいうが)「棋士のオリジナリティ」が存在するのは不思議なことだ。そしてそのような無機質な態度で将棋のことを考えると、「いかにたくさんの可能な手を考慮できるか」という処理能力が「将棋の強さ」となる。その強さに特化しプログラムされたものが、人工知能(AI)と呼ばれる学習機械だ。

演算処理能力は知性か?


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 個人的に「人工知能」ということばは好きじゃない。

 「知性とはなにか」という議論は20世紀後半から現在にかけて盛んにおこなわれてきて、「人間的な振る舞いの模倣」や「人間の脳神経を模倣した数学モデル」が用いられているディープラーニングが事実上「人工知能」として扱いを受けているが、昨今では「知性」ということばが持つ神秘性(=人間の特権だと盲目的に受け入れられる価値観)がひとり歩きしている印象がぬぐえないのだが、ここでは深く立ち入るつもりはない。

 ともあれ、その「人工知能」の開発では人間との知恵比べが頻繁にデモンストレーションとしておこなわれてきた。もっとも有名なのは、1997年にチェスチャンピオンだったゲイリー・カスパロフをスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」が破ったというニュースである。そして計算スペックの増大とともに将棋や囲碁といった分野でもプロ棋士と人工知能の対決はおこなわれるようになり、昨年にはついに可能な手数が宇宙にある原子の数よりも大きいという囲碁でも人工知能が人間に勝利した。

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 いうまでもないことであるが、チェス・将棋・囲碁という二人零和有限確定完全情報ゲームで、機械はその演算能力を遺憾なく発揮した「力任せ」の戦術をとる。これは明らかに人間がおこうなう思考と一致はしない。将棋などのゲームの強さがこの演算能力の高さになるなら、人間が機械に勝ったり引き分けたりすることはできない。電王戦Finalの5戦でプロ棋士チームは負け越したが、それでも全敗ではない。圧倒的な演算能力のちがいがありながら、なぜいまだに善戦したり勝ったりできるのかが、じつは冷静に考えると不思議な問題だ。

「発想」に流れる時間


 羽生善治はみずからの思考について各種メディアで語ることが多い。AI技術者との対談をはじめ、20代のころにはジェームズ・ジョイスの翻訳で知られる柳瀬尚紀や、詩人の吉増剛造などの文学者との対談も、さらにはTEDなどでも「思考」を主題としたプレゼンテーションをおこなっている。

 羽生が思考を語るときにキーワードとなるのが「大局観」ということばである。大局観とは、盤上を俯瞰的に認識し中長期的な戦略を持った思考のことを指し、これは「こう打てばこうなる」といったような演算とはまたちがう思考だ。先手と後手のどちらが有利かという状況判断だけでなく、「なんとなく、この先こんなかんじのかたちになればこっちが有利だろう」という思考も大局観によりもたらされるものであり、ぼくらはこうした感覚をじつは「発想」と呼んでいる。「アインシュタインが数学の問題を見て、解きかたは知らないけれど答えはわかった」などという逸話も同種の思考によりもたらされたものであり、人間の思考の不可解さはこうした演算過程を省略した視力にあるとも考えられる。

 もちろん人工知能研究ではこの「大局観」を再現するプログラムの開発が行われているが、現状では高い演算処理能力を駆使した戦いかたをおこなっている。機械に負けた棋士が「戦略を持たないAIの棋風に戸惑った」というコメントを残したように、機械は大局観よりも演算を信じて戦う。一手ごとに、まるで別人が指しているかのように戦略を変えてくることもあるという。

 対して大局観を持つ人間は、機械と同様の「こうなればこうなる」という時間の方向に沿った思考と同時に、理想形を「発想」し、そこに向かって時計の針を逆戻しにする。

 「人間同士の対局」にはこの時間の共有がある。

 対局者同士が言外の感覚(それこそ棋譜という将棋の言語だ)により大局観を共有し、その対局でしか流れない固有の時間が生まれる。


羽生:……(前略)将棋の場合はかなり制約、いろいろな意味での制約を受けつつやらなければいけないというのは、たしかにあるんです。だからこそ、こんな狭いところにこんなすごいものが残せていたという驚きがあるんです。特に詰将棋なんか、指し将棋以上にものすごく多くの制約があるわけですよ。適切な言葉が思い浮かばないんですけど、そういうものを見たときに、ものすごい感動がありましたね。
『対局する言葉 羽生v.s.ジョイス』、羽生善治、柳瀬尚紀、毎日コミュニケーションズ(p64-65)


 将棋のことを考えるたびに「発想により作り出される時間を知らず知らずのうちに生きている」のだと思い知らされる。その時間のなかで、ぼくは「発想」はどこからやってくるのかと考える。無論、次の一手の予定はない。


著者:まちゃひこ

【著者】まちゃひこ
京都大学大学院に在学中、日本学術振興会(JSPS)特別研究員やカーネギーメロン大学への客員研究員としての留学を経験。博士課程を単位取得中退後、いろいろあって広告代理店の営業職として就職。そしてまたいろいろあってフリーライターとなる。文芸作品のレビューや自然科学のコラムを中心に書いている他、創作プロジェクト「大滝瓶太」を主宰し、小説の創作や翻訳を行っている。電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より短篇集『コロニアルタイム』を2017年に発表。読書中心のブログ『カプリスのかたちをしたアラベスク』やTwitter(@macha_hiko)でも発信中。
■読書中心のブログ『カプリスのかたちをしたアラベスク』http://www.waka-macha.com/
■Twitter https://twitter.com/macha_hiko

《まちゃひこ》

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