【たわごと日和。】第5回 『ヲタクに恋は難しい』が描く「ツイ廃」「インスタ映え」の先にある恋のユートピア | RBB TODAY

【たわごと日和。】第5回 『ヲタクに恋は難しい』が描く「ツイ廃」「インスタ映え」の先にある恋のユートピア

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レッテルと顔面と恋愛


 屁理屈ばっかりで内向的でひとつのことへの異常なこだわりがあって頑固ですぐ引きこもりコミュニケーション能力がなく他人に興味もなくツイ廃で空気が読めない……というようなことを知り合って間もないひとからいわれたことが複数回ある。当たらずとも遠からずな部分もあるにはあるが、これらはおおよそ「理系である」というぼくの経歴から想起されるイメージなのらしい。しかし、いまさら他人から貼られるレッテルに反論する元気もなく、そうおもっていただくことにしておいている。

 「人間はひとりひとり違っていて、それぞれが個性という非常に尊いものを持っている」というのが道徳心あふれる見解になるだろうけれども、実際のところ人生で出会うすべての人間の個性など把握するのはむずかしい。コミュニケーションにも友人・恋人・家族といった親密なものから、仕事上のドライな付き合いもある。ぼくが十代の頃は特にいまみたくSNSはおろかネットもそこまで普及していたわけじゃなかったから学校が人間関係のすべてだったので、すべての人間はすべからく親密に付き合わねば居場所がなくなってしまうものだとおもっていた。それを引きずっているせいか、頭ではわかっていても感情として、ひととドライな関係性を保って接することにどこか不安さをかんじている。

 人気マンガ『ヲタクに恋は難しい』がこの春からアニメ化された。封神演義のアニメ化に伴い永きに渡ってみずからの内に封神されていた神々を解き放ったうちの妻は、この原作の熱心な読者で「すげぇわかるわ~」とかいいながら毎巻発売日に最寄駅からスグの本屋で買って帰ってきていた。この漫画は文字通り「ヲタク」である男女の恋模様を描いたものなのだが、Twitterで反応を見てみると反論も散見される。

 その内容は主に、「顔面偏差値60超えの人間が【恋は難しい】とかいうな」的なものなのだが、たしかにその気持ちはわかる。個人的には顔面偏差値Fランのゴリッゴリのキモヲタが複数登場して恋愛を繰り広げる物語も見てみたい気がしないでもないけれども、しかしそれはそれで話がまるで変わってしまう。恋愛とは顔面でするのか、それとも封神された神々のほとばしる熱いパトスでするのか、そのあたりは決着のつかない議論になるので深入りするつもりもない。

 ただ、『ヲタクに恋は難しい』が女性を中心として大きな共感を集めているのもまた事実であり、ぼくの興味はそこにある。

「ツイ廃」と「インスタ映え」の超えられない壁


 この作品の主人公・桃瀬成海はいわゆる「腐女子」であり、乙女ゲーやBL、同人誌作りなどを趣味としているのだが、以前の勤務先で社内恋愛していた彼氏にそれがバレたのをきっかけにフラれ、幼馴染・二藤宏嵩が勤める会社に転職してくるという場面からはじまる。成海は「ヲタクである」ということにより向けられる偏見ゆえに、社内でも自身の趣味についてはひた隠しにするが、お互いの趣味を知り尽くした宏嵩とは日常的にヲタクトークを繰り広げ、そして宏嵩が告白して付き合うことになる。

 これはヲタクに限らず「共通の趣味を持つ者同士が意気投合して付き合う」という風にとらえるならば、実はいたってふつうのありふれた恋愛にほかならない。たしかにいわゆる「ヲタク趣味」はかつてに比べて市民権を得たようにかんじられるけれども、やっぱり成海の元カレのようなリアクションをするひとは少なからずいるのは事実だ。ぼくは前職で営業会社に勤めていたのだけれど、社内にはいわゆる「パリピ」が多かった。連休にはBBQをするし、クラブにもいくし、ウェイもする。インスタで風呂上がりの足の写真をあげる女性もいるし、スノーで犬の鼻や耳をつけた写真をインスタにあげる女性もいるし、海辺でサングラスかけてタバコ吸ってる写真を白黒にしてインスタや顔本のアイコンにしてる男性もいるし、ハッシュタグ連打するポストを駆使していかにじぶんのアウトドアライフが楽しいかを聞いてもないのにSNSで主張する男性もいる。そうした人々を尻目にTwitterで3時間おきに卑猥な単語をぽつりぽつりとつぶやくぼくにとって、これは大きな疎外感を感じるには十分すぎた。これが世界がちがうってやつか、と。

 成海が抱いている感覚はおそらくそれだ。インスタや顔本を駆使するパリピ勢とツイ廃のあいだにはベルリンの壁が聳え立っている。現代の日本には「ツイ廃文化」と「インスタ映え文化」がある。成海は、恋をはじめとする対人関係で、両者を隔てる壁を超えなければならないと考えているのだろう。

 恋においてその越境が不可欠な理由、それは恋愛における評価軸が「趣味が合う」が相対的に低いからだろう。ぶっちゃけ、ツイ廃文化圏の民とインスタ映え文化圏の民では顔面偏差値に歴然とした差がある。だって、じぶんの顔面偏差値に自信がないやつが自撮りなんかしねぇだろ!!!!

 イケメンに抱かれたい、ピッチピチのギャルとお楽しみしたい……そう心から願ったとき、ヲタクたちは欲望渦巻く恋愛の戦地へと赴かねばならない。ヲタクにとっての恋の難しさとは、自身の顔面偏差値でなく相手の顔面偏差値を求めることにより生じる文化の越境に由来するのだ!!!!

実はごくごくありふれた恋愛を描いた多幸感に満ちた作品


 いいかげん、ふざけるのはやめにしたいとおもう。

 「覚えろ」より「忘れろ」といわれるほうが難しいのはよくわかっているが、上記のことは忘れて欲しい。頼む。このままではこの記事がぼく個人の嫉妬と欲望が渦巻く吐瀉物になってしまう。

 しかし、いいな~とおもった相手がちがう文化圏の人間だったときの恋愛の難しさはめずらしいことじゃない。たとえば「理系と文系」とかいうものですらお互いに無意味なレッテルを張り合うことで必要以上に距離をかんじたりすることもあるので、「価値観の違い」が恋愛を難しくしているのは一般的な話として真実性がある。

 しかし『ヲタクに恋は難しい』では「付き合った後」のエピソードがメインで描かれていて、そうした難しさをほとんどかんじさせない。同じ趣味をもった2組のカップルが職場・飲み屋・自宅でダラダラする話がほとんどだ。

 本作に多くの共感が寄せられているのはこの部分なんじゃないか、とぼくはおもう。職場だったり飲み屋だったり宅飲みだったり、恋愛に対して落ち着いてきた二十代中盤の恋愛模様としてかなりリアリティがある。一般的な恋人たちのようなデートをしたいとか、記念日には記念日らしい特別が欲しいとか、そういう悩みも含めて本作で描かれるのは「恋人としてふたりで過ごす時間」だ。いつも通りな日も特別な日もすべて含めた「日常」がこの作品を覆い尽くしている。

 ただ、ひとつだけ『ヲタクに恋は難しい』でわからないことがある。

 「で、君ら、いったいなんの仕事してるの?」

著者:まちゃひこ

【著者】まちゃひこ
京都大学大学院に在学中、日本学術振興会(JSPS)特別研究員やカーネギーメロン大学への客員研究員としての留学を経験。博士課程を単位取得中退後、いろいろあって広告代理店の営業職として就職。そしてまたいろいろあってフリーライターとなる。文芸作品のレビューや自然科学のコラムを中心に書いている他、創作プロジェクト「大滝瓶太」を主宰し、小説の創作や翻訳を行っている。電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より短篇集『コロニアルタイム』を2017年に発表。読書中心のブログ『カプリスのかたちをしたアラベスク』やTwitter(@macha_hiko)でも発信中。
■読書中心のブログ『カプリスのかたちをしたアラベスク』http://www.waka-macha.com/
■Twitter https://twitter.com/macha_hiko

《まちゃひこ》

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