【仏教とIT】第10回 3D技術がもたらす伝統工芸の革新 | RBB TODAY

【仏教とIT】第10回 3D技術がもたらす伝統工芸の革新

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【仏教とIT】第10回 3D技術がもたらす伝統工芸の革新
【仏教とIT】第10回 3D技術がもたらす伝統工芸の革新 全 5 枚
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お寺ガチャ、大好評!



最近、「ガチャガチャをやりたいんですけど」と、私のお寺を訪ねてくる人が跡を絶たず、困惑しきっている。もともとは、仏師・三浦耀山さんとふと話が盛り上がり、約1ヵ月間の期間限定のつもりで設置したガチャマシンだったのだが、噂話が膨らんでいく過程で、期間限定ということは忘れられてしまっているらしい。

このガチャ、名づけて「ガチャ仏さま」という。中に入っているのは、樹脂製の仏さま。といっても、よく店頭に置かれているガチャマシンのように、金属製の型で量産されたものではない。三浦さんが一つ一つ心を込めて彫った木像を原型とし、それを3Dスキャナーでデータをとって、3Dプリンターで出力されたものである。ラインナップは、釈迦如来(誕生)、釈迦如来(涅槃)、阿弥陀如来、弥勒菩薩、地蔵菩薩の全5種類である。1回500円。1度だけ回して、仏さまとの出会いを大切にする人もいれば、全種類をコンプリートするまで根気よくガチャを回し続ける人もいる。


ガチャ仏さま。左から順に地蔵菩薩、釈迦如来(涅槃)、釈迦如来(誕生)、阿弥陀如来、弥勒菩薩


ただし、上の写真は、仏師・三浦さんによって色を塗られたあとの姿。ガチャマシンから生まれ出てきた時点では真っ白な姿をしている。白いままでも可愛らしいが、精細なデータをもとに出力されているから、色を塗れば穏和な表情がくっきりと浮かび上がる。世界に一つだけの仏さまを作る楽しみも、好評の理由になっている。

仏壇を持たない家庭の多い時代だから、ガチャ仏さまとの出会いを通じて、お寺文化に親しんでもらえることはありがたい。しかしながら、人気があるからといって、喜んでばかりいられない事情もある。

3Dプリンター1台で1回に出力される数はわずか10個。出力には7~8時間を要する。しかも出力されたら完成というわけではなく、洗浄し、乾燥させ、整形するなどの工程を要する。つまり、ガチャ仏さまは、量産には適していない。ガチャが回る音が響くたびに、現場は在庫切れの不安感に襲われるというのが、内部事情だったりするのである。


3D技術とその可能性



すでに見てきたとおり、好評をいただいているガチャ仏さまを支えているのは、3D技術である。ここからは3D技術がもたらす伝統工芸の未来について、考えてみたい。

多くの家庭には、仏壇がある。どれも同じように見えるかもしれないが、実は仏壇は地域によって少しずつ形が異なり、それぞれ京仏壇、名古屋仏壇、三河仏壇などと地域の名前を冠して呼ばれる。地域ごとの仏壇文化が成立している背景には、その地域に住む仏師、彫師(ほりし)、箔押師(はくおしし)など伝統技術を持つ職人集団がある。

だから、仏壇といえば、日本の伝統技術の粋を集めて駆使して作られたものであるが、それはもはや過去の話。いまや大半が中国など海外で生産されている。仏壇中央のご本尊ももちろんその例にもれない。安価で仏壇を購入できるのは悪いことではないが、コストダウンだけを考えて海外生産品に頼るのが正義だろうか。お金を出し惜しみするあまり、魅力に乏しい空間となるようなら、本末転倒ではないか。

家庭内に祈りの空間を設けるときには、自分や家族の感性に合わせて、積極的にオーダーメイドするべきだろう。その際、究極的には、ご本尊として招く仏像は、仏師さんにオーダーメイドしてもらうのがいちばんだろう。しかしながら、蓮台や光背までを手仕事で彫ってもらうとなると、最低でも一体数十万円はかかる。金銭的に余裕のある方は、これも選択肢の一つとして考えていただければと思うが、多くの場合これは現実的ではない。

そこで代わる選択肢を提供するのが3Dプリンターである。三浦さんは「近い将来、3Dプリンターで出力された仏像が、海外生産のものにとってかわるはず」と予測している。原型となる木像のスキャンデータさえあれば、家庭の仏壇のサイズにあわせて自由にサイズを変えて仏像を出力できる。ちょうどガチャ仏さまが、カプセルの大きさに合わせて出力されるように、である。3Dプリンターで出力されたものに、箔押しあるいは彩色した場合の価格は、数万円程度だという。背伸びすれば手が届く範囲の金額ではないだろうか。


3Dプリンターで出力された阿弥陀如来



3D技術の功罪を超えて



ところで、私も仏師・三浦さんも、3D技術に詳しいわけではない。ガチャ仏さまはじめ、3D技術を利用する際にお世話になっているのは、株式会社キャステムの石井裕二さん(44)である。キャステムは広島県福山市に本社がある精密鋳造部品を製造販売する会社で、3年前から3Dプリンターを導入して活用の仕方を模索してきた。そして2018年4月、クリエイター、伝統工芸の職人、学生などが多く住む京都の町で新しい可能性を模索するため、京都LiQビルをオープンした。


仏像のスキャンデータを操作する石井さん。京都LiQビルにて


京都LiQビルオープンからまだ1年足らずだが、成果はすでにあがり始めている。3Dスキャニングの技術は、仏像の複製のほかにも、仏像に使われている素材の解析や、胎内納入品の確認など、さまざまな方面に活用されてきた。石井さんは「3D技術のおかげで、ものづくりのスピード感が増しました。生きたカエルを生きたままスキャンして複製することもできます。また、いちど型を作ったあとでも、自由にサイズを変形して、やり直しができます」と手ごたえを語る。


スキャニングされる木彫りの仏像


その一方で「3D技術でなんでもスキャンして出力できるのは便利ですが、それは近視眼的な満足感です。PC上でデータを扱うばかりで自分の手を動かさなくなると、モノを正確に扱う力が衰えるため、大局的な判断力の欠如につながると思います」と警鐘を鳴らす。

この見識については私も大いに頷く。私のもとには3D技術とのコラボをはじめ、最先端で活躍されている方々から日々コンタクトが届く。前例のない試みをお寺で展開すれば常に世間の関心を呼ぶが、そこに満足するあまり、仏教の二千五百年の伝統を見失っては意味がない。

そういう事情を踏まえるなら、3D技術はじめIT技術全般を仏教に生かすのは、単に目の前のテクノロジーへの好奇心ではなく、むしろ仏教の伝統への畏敬の念である。そしてこの感情は、「仏教×IT」をテーマとする本連載の基調になるものだろう。

池口 龍法氏
池口 龍法氏

【著者】池口 龍法
1980年兵庫県生まれ。兵庫教区伊丹組西明寺に生まれ育ち、京都大学、同大学院ではインドおよびチベットの仏教学を研究。大学院中退後、2005年4月より知恩院に奉職し、現在は編集主幹をつとめる。2009年8月に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足させて代表に就任し、フリーマガジンの発行など仏教と出合う縁の創出に取り組む(~2015年3月)。2014年6月より京都教区大宮組龍岸寺住職。著書に『お寺に行こう! 坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)、寄稿には京都新聞への連載(全50回)、キリスト新聞への連載(2017年7月~)など。
■龍岸寺ホームページ http://ryuganji.jp
■Twitter https://twitter.com/senrenja

《池口 龍法》

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