1996年、SPEEDのメンバーとしてデビューした島袋。メインボーカルを務めた5枚目のシングル『White Love』は累計200万枚の売上を記録。SPEED最大のセールスとなった。
そんな絶頂期の98年にデビューしたのが宇多田ヒカルだった。島袋は彼女に対し「デビューしたときから衝撃でした」と振り返り、そのインパクトに「何が起こったんだろうっていうぐらい(驚いた)」と回顧した。
また、そんな驚異の新人の登場に彼女は、「どうしようと思いましたね。自分のパフォーマンスとか歌に関して」と焦りを感じたと吐露。そして、「ガラリと変わっていくぞというのを感じていました」と音楽シーンが塗り替わる予感を抱いたことを明かした。
そんなSPEEDも2000年3月に解散。これについて島袋は、「世の中で言われていると思うんですけど」と切り出しながら、「きっかけは多分、私だったと思う」と言及し、「個人的なことでいえば、声が出なくなるとか」と語った。
また、CDデビュー時、彼女はメンバー最年少の12歳だったが、「このまま大人になっちゃいけない焦り」があったことも打ち明けた。そして、「変な期待を持たせるよりも解散をしたほうがいいんじゃない?という提案もあった」とし、「いろいろありましたね」とつぶやいていた。