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■立ち席やソファ、個室などさまざまなスタイルの席を用意
リンクアンドコミュニケーションは、健康管理に関するアプリの開発やサイトの運営など、ITを使ったヘルスケア事業を中心とする会社だ。従業員は39人で、約半数がアプリの開発などを行うエンジニア。平均年齢は約39歳で、30~40代が中心。在宅勤務やフルフレックスタイムも導入しており、取材した2月中旬時点では従業員の1割に当たる3、4人が在宅で仕事をしていた(2020年3月2日からは新型コロナウイルス対策で全社員が在宅勤務となっている)。
2019年7月、東京・紀尾井町のビル5階にある約90平米のオフィスに移転するのと同時に、フリーアドレスを導入した。固定席は10席で、管理本部の6人とエンジニア4人がそこに座っている。それ以外のエンジニアや外回りの営業担当者などは自由席で、毎日自分の好きな席を選んで仕事をする。
オフィスの中央部には長机の島が2列。その一部の座席には大型モニターが据え付けられ、従業員は個人用のノートPCを接続して2画面で作業ができる。この一角はフリーアドレスではあるものの、「将来の固定席化の可能性も見据えた席」(菊地さん)で、実際に毎日決まった人が座るようになってきた。「マスター系とか細かい作業をやっている人にはモニターが必要な人が多いので、そこに固定されるようになったんだと思う」と菊地さん。「毎日同じ席に座ってはダメ」といった指導は特にしていないという。
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ベランダに面した窓際のエリアには、立ったまま仕事をできる机や、カウンター席、ソファ、円卓などさまざまな形態の座席がランダムに配置されている。「健康的な観点からも、ずっと座りっぱなしとか立ちっぱなしは腰に良くないんです」と説明するのは、同社の管理栄養士・松原彩乃さん。「同じ姿勢で仕事を続けるとエコノミー症候群になりやすい。せっかくフリーアドレスにするのであれば、いろんなバリエーションで仕事ができるようにした方がよいのではないかと」。仕事中にときどき姿勢を変えることで体への負担を減らそうという、ヘルスケア事業を展開する企業ならではの工夫だ。
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同じく窓際にはカフェスペースも。窓の外にはベランダがあり、ときどき近所の猫が遊びに来るそうだ。
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「集中ブース」と呼ばれる、まるでネットカフェのような1人用の個室も2室設けられている。個室の内部には吸音パネルによる防音処理が施されており、周囲の騒音に煩わされることなく作業ができる。もともとは同社で行っているオンラインでの保健指導・栄養指導業務のために設けられたが、それ以外にも、仕事に集中したいときやリモート会議などにこの個室が利用されている。「フリースペースにいるとコミュニケーションがとりやすいメリットがある反面、騒がしくなってしまう場合があるので、そういうときは個室に入って仕事をするというところで役立っていますね」と松原さん。
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■社員から「その日の気分で席を替えたい」との声
同社がフリーアドレスを導入した第一の理由は、社員にとって働きやすい環境を整えることだ。同時に、急激な人員増も背景にあった。外回りや在宅勤務で空いている席を有効活用したいとの思惑もあった。
移転前の神楽坂にあったオフィスでは座席が足りず、二つあった会議室のうち一つをつぶして執務エリアに当てていたため、会議の際はレンタル会議室を借りなくてはならない状況だった。現在のオフィスは以前の倍以上に広くなったが、事業拡大に伴い社員数もこの1年で倍増している。「広い一つのフロアをどのようにレイアウトするか業者と打ち合わせをしていく中で、これから人が増えるんだからフリーアドレスがいいんじゃないかという話が出てきた。提案したのは確か社長だったと思います」(菊地さん)。
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フリーアドレス導入に当たって希望調査を行ったところ、固定席が欲しいと回答したのは、管理本部以外では、大型モニターを使って仕事をしたいというエンジニアなど5、6人で、その人たちには固定席を割り当てることになった。それでも圧倒的に多かったのは「その日の気分によっていろんな席に座って仕事ができるほうがいい」という声だった。
レイアウトは基本的には施工業者に任せたが、健康管理の観点から、さまざまに姿勢を変えて仕事ができるよう立ち席やソファ席などのバリエーションを設けることと、仕事に集中できる個室を設けることは、菊地さんたちの側から要望して取り入れられた。
■電話をどうするかは今後の課題
フリーアドレス導入で顕著に表れた効果は、部署の枠を越えた社内コミュニケーションの活性化だった。「普段しゃべらない人や新しく入った人が、きょうは隣にいたりするので、たぶん固定席だったら話しかけづらかっただろうなという人と気軽にしゃべれるようになった」と松原さんは語る。
社内のコミュニケーションツールにはSlackを使っている。プロジェクトごとにチャンネルを立てられ、使いやすいとエンジニアの間で好評だ。「メールみたいに重苦しくないので、『ランチ行こう』といった会話が気軽にできて、今まで入ってこなかった人と一緒にランチに行く機会も増えました」(松原さん)。
一方で困ったのは、毎日座る席が替わることで人の顔を覚えにくくなったことだった。39人の小規模オフィスではあるが、新しく入ってくる人も多い。そこで、名前と顔を覚えやすいよう、Slackで使うハンドルネームとアイコンを、実名のフルネームと本人の顔写真に統一することにした。
まだ解決されていない課題は「電話問題」。固定席のエリアには固定電話の親機があるが、フリーアドレス席には子機しかない。その結果、電話を取るのが管理本部などの固定席の人になってしまう。たまに固定席の人が休んでいたり会議で席を外していたりすると、フリーアドレス席の社員は日ごろ電話を取り慣れていないこともあり、なかなか電話を取ろうとしない。
フリーアドレス化に伴い固定電話を廃止する案も検討したが、「そこまで準備が行き届かなかった。打ち合わせに時間をとられたこともあり、今回はいったん固定電話を入れようと言うことになった」と菊地さん。いずれは固定電話をなくして携帯電話だけすることも考えているそうだ。
社内の文書管理は、紙を使うことの多い管理本部以外は、セキュリティーや共有のしやすさの観点からクラウド化し、グーグルドライブ上でスプレッドシートを使っている。顧客情報は従来はエクセルで管理していたが、それでは追いつかなくなってきたため、セールスフォースを使い始め、そこから販売管理に結びつけるものを検討している段階だ。
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各社員の私物などの収納用にパーソナルロッカーを設置した。ロッカーはポスト式になっており、個人宛ての郵便物や給与明細などはロッカーに投かんする。各人の使うノートPCを個人用ロッカーに入れて帰ることは情報管理上の理由で禁止されているという。PCは別の共用ロッカーに収納するのが原則だが、許可を受ければ持ち帰ることも許されている。
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■「いい感じの早い者勝ち制になった」
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フリーアドレス化すると、基本的にはノートPC端末を無線LANに接続して仕事をすることになるので、アクセスポイントは4、5台設置している。1台につき端末20台の計算で、1人で使える端末はノートPCと携帯電話の計2台までに制限している。
電源タップ付きの机などは新たに購入せず、前のオフィスにあった机を持ってきて、外付けの電源タップで対応した。床も元からのフローリングを生かすことにし、OAフロアに改装することはしなかった。極力これまでの備品を活用することで、オフィス移転にかかった総費用は「2000万円台」(菊地さん)と比較的安く抑えることができた。
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フリーアドレスを導入する際は、実質的にまた固定席に戻ってしまうのではないかという悩みや懸念があったという。それでも実際に導入してみた結果は、「固定席のように使っている人もいるにはいるが、空いていればそこに座るし、座られたことで文句を言うこともない。結構いい感じの早い者勝ち制度みたいな感じで自由に使っています」と菊地さん。「意外に大丈夫でしたね。私にとっては未知の世界でした」と笑顔を見せた。