現在の従業員数は連結で約220人。2013年から入居している東京・新宿の超高層ビル28階の本社オフィスには、約130人が働いている。このうち約半数の70人が、「レスポンス」「RBB TODAY」などのメディア部門に所属。最近は雑誌の「アニメディア」を買収するなど、ウェブ・紙媒体など約30のメディアを擁する企業として成長を続けている。
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同社がフリーアドレスを導入した理由も、社員数の増大に伴って座席が足りなくなったからだ。今後もメディアの買収は続く見通しで、オフィスはますます手狭になる。そこで、メディア事業を担当するメディア事業本部の約70人について、今年1月からテレワークを導入、4月からは座席をフリーアドレス化した。
■2社でコンペを実施
フリーアドレス導入の費用は約1300万円。2社でコンペを行った結果、そのうち1社と契約した。両社とも事務用品メーカーだが、最近はオフィスデザインの分野にも進出しており、フリーアドレスオフィスの設計にも対応できる上、什器を扱う業者や工事業者とのハブになってくれるので、クライアントにとっては窓口が1つで済むという利点がある。
イード側からは、フリーアドレス導入の目的が社員増への対処である点を説明し、導入時期を伝えた。また、向かい合って打ち合わせをしたり食事をしたりできる「ファミレス席」は必ず欲しいということと、電話ができるボックス席、打ち合わせができる席も要望。予算については最初は伝えなかった。
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これを受けて、見積もりやスケジュールが返ってきた。また、フリーアドレス化に当たっては座席予約アプリなどを導入した方がいいなどのアドバイスもあった。
■資料はできる限りペーパーレス化
導入にあたり、人事部門の担当者はメディア事業本部内の13の部署の定例会議に出席し、意見聴取したり不安な点を聞いたりした。多数のメディアを抱える同社では、取材関係の資料など大量の荷物が各人の机周りや壁際に山積みになっていた。これをどこに収容すればいいのかと当惑する社員もいた。また、フリーアドレスについては1月に決定して4月に導入だったので、急すぎるという意見もあった。このうち資料類に関して人事部門が示した解決策は、紙をなくして電子化することだった。
ファクスの受信については、既に昨年から、受信した書類を自動的にPDF化してサーバーに蓄積するシステムを導入し、ペーパーレス化が実現していた。取材先や取引先からもらった名刺についても、スキャナーで電子化してクラウド上に蓄積する「sansan」に集約していた。
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社外ライターや契約先との契約書や同意書などについては、フリーアドレス化の前から、DocuSignというオンライン契約書ツールを使うことにより、電子メールを通じてハンコなしで交わせるようになっていた。
どうしても電子化できない資料の収納用に、個人用と各部署用のロッカーを新設した。固定席だったときにはロッカーはなく、資料などの荷物がそれぞれの机周りやキャビネット、壁際などに山積みになっている状態だった。
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「大量の荷物をどうするかというのは、意外と思い込みだったと思う」と話すのは、同社メディア事業本部ヒューマンアクティベート部の山崎浩司氏(「崎」は立つ崎)。「面白いのは、片付けるときに、20年前の充電器とかが出てきたんです。要するに、オフィスに要らない物しかなかった」。フリーアドレス化のため断捨離を敢行した結果、オフィスがすっきりし、「おしゃれ感」も出てきたという。
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一方、人事担当者にとって想定外だったのは、女性社員から「靴入れが欲しい」との要望があったことだ。女性の場合はハイヒールで出社し、社内でスリッパやサンダルに履き替える人が多い。それを個人用ロッカーに入れるのには抵抗があるという。以前は机の下に靴を置いていたが、フリーアドレス導入でそれができなくなった。現在はテレワークで出社率が極端に下がっているため、靴箱を設置するかどうかは今後の出社状況をみながら検討する予定だ。
■社外からの電話への対応は代行サービスを利用
現場が不安視していた課題の一つに、フリーアドレス化に伴い、社外からかかってくる電話にどう対応するかという点もあった。
これについては、「fondesk」という電話応対代行サービスを、フリーアドレス化と同時に導入した。社外から電話がかかってくると、fondesk側のオペレーターが応答して、誰から誰宛ての電話かや折り返しの要否をメッセージで送ってくる。これが、社内で使っているコミュニケーションアプリteamsの「電話通知部屋」に蓄積されていく。料金は月100件まで月額基本料金は10,000円となっており、イードの場合は多い月で約3万円となっている。利用した感想としては、便利ではあるが相手の名前や伝える人の名前を時々間違えることもあるが、それは料金とのトレードオフなのだろうという。
このため、全員が常にこの「電話通知部屋」をチェックしておく必要があるが、社外から各編集部にかかってくる電話の多くは、リリースを掲載して欲しいといった営業電話なので、今のところこのやり方で支障は出ていないという。
今後は、社外からの電話は各社員が携帯電話で直接受けるようにする方針だ。このため、社員の名刺には代表電話や各部署の番号に代えて、それぞれの携帯電話番号を記載するように切り替えているところだ。
ただ、社外からの電話が各個人宛ての携帯電話に直接かかってくるようになると、その人が情報をteamsに入力しない限り、個々人が情報を囲い込んでしまい、取引や取材の進展状況を社内で共有できなくなる。「その辺の課題はあります。何かのツールをまた入れなくてはならないかもしれない」(山崎氏)。今のところは、かかってきた電話の内容を自分たちの部署の部屋にシェアしているので、情報の囲い込みはそれほど問題にはなっていないという。
■テレワークの常態化でますます固定席は不要に
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フリーアドレスの座席は、大型のディスプレーモニターが備えられた席が40席と、ハイテーブルの席が12席の計52席。このほか、「ファミレス席」と呼んでいる4人掛けで向き合って座れる席や、カフェスペース、半個室などが用意されている。ハイテーブルは気分転換用だが、通常の作業もできる。
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座席数がこれで十分かどうかは、まだ検証できていない。フリーアドレスの導入時期が、ちょうど新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言と重なってしまったためだ。4月からは原則として全社員がテレワークとなり、社員の出社率が大幅に減った。緊急事態宣言解除後の6月下旬現在でも、同社ではテレワークを推奨しており、出社率は3割前後にとどまっている。
テレワークの導入に当たっては、対象社員に月額5000円の在宅勤務手当を支給。必要な物の購入に充ててもらうことになった。今後もテレワークで出社率が低い水準が続くと見込まれるため、これまで支給していた通勤交通費についても、見直しに向けて議論が進められている。
山崎氏は「この状況になっても、意外とみんなちゃんと結果も出しているし、そこまで大きなミスとか問題が発生しているわけではない」と語り、このままテレワークが常態化していくのではと予測する。ただ、今後出社率が上がってきた場合に備え、フリーアドレス用の座席予約アプリなどの導入も検討しているという。
■コミュニケーションツールにはマイクロソフトのteamsを使用
社員各自にはノートPCが支給されている。社員はこれを持ち歩いて好きな座席に座り、必要に応じて机に備え付けの大型ディスプレーにPCを接続して仕事をする。
それまでもオフィス内では無線LANが使われていたが、接続が切れやすく、アクセスポイント(AP)の一元管理もしづらいという難点があった。そこで、フリーアドレス化を機に、APをAruba製のものに切り替え、設置数も増やした。情報システム部の稲澤将紀氏は「同社製のAPは、1台を仮想コントローラーとすることで一元管理できる上、APの増設や交換、メッシュAPを増やすことも簡単にできる」とメリットを話す。また、ARM、ClientMatchと呼ばれる機能があり、これによりAP間の電波干渉の制御やクライアント接続の自動調整ができ、管理コストが削減できるという利点があった。
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社内のコミュニケーションツールは、マイクロソフト社のteams。もともと同社ではマイクロソフトのOffice 365を導入していたため、追加ライセンスなしで使えたという点が導入理由としては大きかった。
teamsを使えば、最大40人程度までのビデオ会議もできるし、各事業部ごとに部屋を設けられる。事業部ごとの部屋の中に小部屋を作ることもできるので、企画や営業などのジャンル別に小分けすることも可能だ。会社として使い方について具体的な指示は出しておらず、各部署ごとに創意工夫して活用しているという。
teams内のやりとりは、原則として全社員が閲覧することができる。ただ、センシティブな話題は個別チャットを使ったり非公開の部屋を作ったりしてやりとりしている。
■大量に送られてくる資料をどうするか
メディア企業ならどこでも頭を悩ませる問題が、毎日大量に送られてくる書評用の献本やCDの試聴盤のチェックと処分だ。放っておくとあっという間に山積みになってしまうので、定期的に捨てていかなくてはならない。同社では現在は部署ごとのロッカーに保管しているが、今後、物理的にスペースが窮迫してくる可能性は大きい。
テレワークで滅多に出社しなくなると、会社に送られてくる取材に必要な資料や荷物を担当者が小まめに把握できなくなる。自宅にいてもこれらを遠隔でチェックできるようなシステムが作れないか。これも今後の検討課題だ。
また、コロナ対策で対面取材がやりにくくなったことで、芸能関連のメディアにとっては、タレントの写真をどうするかも悩みどころだ。同社では今のところ、インタビューはリモートで行い、写真についてはPCの画面を複写したり、相手方からアーティスト写真を送ってもらったり、マネジャーにタレントの写真を撮影してもらったりしてしのいでいる。ただ、こうした提供写真は著作権の関係で1回限りしか使えず、将来そのタレントについて記事を掲載する際に使い回しができない。この点をどう解決するかも今後の課題だ。
これまで人と会って仕事をすることの多かったメディア事業。コロナ禍という新しい状況は、仕事のやり方だけでなく、オフィスのありようも変えつつある。