【仏教とIT】第34回 弱い自分、吐き出せてますか? | RBB TODAY

【仏教とIT】第34回 弱い自分、吐き出せてますか?

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【仏教とIT】第34回 弱い自分、吐き出せてますか?
【仏教とIT】第34回 弱い自分、吐き出せてますか? 全 8 枚
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【あなたのためのお坊さんアプリ】



12月8日、お釈迦さまがさとりを開いた日に、“あなたのためのお坊さんアプリ”をうたった匿名SNSアプリ「Sion」がリリースされた。人間の煩悩の数にちなみ108字までの字数でユーザーが悩みや愚痴を書き込むと、お坊さんが隣で相づちを打つぐらいのゆるさでリプライを送る。そのやり取りをアプリ上で見た人は、お坊さんの言葉に共感したら「いいね」ボタンを押す。

お坊さんとのやり取りは一往復だけ(つまりお坊さんのリプライにコメントは書けない)であり、書き込める字数も108字の上限があるので、現実の悩みを解決する場としては物足りないかもしれない。しかし、誰にもバレずに心のモヤモヤを吐き出したいときには、きわめて使い心地のよい仕様になっている。皆さんもぜひ、たとえば仕事帰りにその日あった嫌なことを書き込むなど、お坊さんとのやりとりを試してみてほしい。思いのほか、心が軽くなるはずである。



▼iOS版はこちら
https://apps.apple.com/jp/app/id1540047529


▼Android版はこちら
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.kool.sion

アプリのリリース時点では、ホスト役をつとめるお坊さんは6人。宗派は、浄土真宗や日蓮宗などさまざまだ。一方、悩みや愚痴を書き込む人はじわじわと増え続け、リリースから半月で163名となった。さらに投稿が増えても対応できるように、定期的に説明会を行い、協力してくれるお坊さんを増やしていくという。


【日常の中にお坊さんを】



このアプリを開発したのは武智勝哉さん(32)。大学卒業後、IT系の企業に就職したのちに、2019年に独立して株式会社くうるを設立した。「くうる」という会社名は、仏教の「空(くう)」の思想をもとに、「絶対的に価値あるものも、相対的に無価値なものもない」という世界観を伝えたいと願ってつけられている。

武智さんが仏教に関心を抱くようになったのは数年前。父親が亡くなったとき、憔悴しきった母親に対して、どんな言葉をかけていいのかわからなかった。うかつな言葉を発すると、母親が後追いしそうにも思えた。しかし、お葬式に来てくれたお坊さんは冷静に「亡くなった人はお浄土で楽しく暮らしていますから、遺された皆さんも頑張って生きていきましょうね」と語ってくれた。日頃から「死」に触れているお坊さんならではの言葉がありがたく思えたと同時に、お坊さんと日常的に交流できる場がなぜ存在しないのだろうと思った。

そして、この春、コロナ禍のなかで、社会全体にストレスが満ち満ちているのを感じたとき、武智さんは「お坊さんに吐き出せる場を作らなければいけない」と直感した。とはいえ、仏教とは縁の浅い暮らしをしてきたから、親しいお坊さんなどいない。思い切ってTwitterのDMからコンタクトをとってみたところ、2人のお坊さんがアプリ開発に共感してくれることになり、わずか2ヵ月の開発期間を経て、リリースに至った。

武智勝哉さん



「死にたい」ほど悩む前に



ところで、お坊さんである私の目には、Sionはどう映るのか。
お坊さんとして生きていると、自然と悩み相談が寄せられる。恋愛や会社の人間関係などの悩みだけでなく、なかには、「死にたい」という重たい相談もある。親しい人ならまだしも、突然お寺を訪ねてきて初対面で「死にたい」と打ち明けられることもあり、そういうときは冷静を装いつつも内心ではさすがに動揺する。目の前にいる人のパーソナリティーもわからないのに、うっかり口走った言葉が引き金になって「お坊さんにも見捨てられたので死にます」と命を絶たれたら、後悔をしてもしきれない。

私たちに対して、悩みを吐き出したいと思ってくれていること自体は、たいへんありがたい。ただ、できることなら「死にたい」に至るずっと前の段階で相談してほしい。しかし、お寺とつきあいのない人は、お坊さんに相談するのはハードルが高い。だから、いよいよ「死にたい」とまで思い詰めてから、ようやく門をくぐる決意をするのだろう。

そう考えると、悩みを吐き出せずに負のスパイラルに陥る前に、スマホから簡単に書き込みができ、お坊さんと触れ合えるこのアプリは、社会のなかにぬくもりをもたらすユニークなサービスだと思う。


弱く生きられる場所を



さて、武智さんは、ゆくゆくはSionを通じて、「愚痴を吐き出しにくい社会構造を変えたい」と未来を見つめている。情報化社会では、フォロワー数やチャンネル登録者数などの数値が独り歩きし、成功体験ばかりがクローズアップされる弊害をもつ。「SNSはなんでも書き込んでいいはずが、いつの間にか強い自分を見せる場になっていて、弱い自分をさらけだせません。裏アカウント作って攻撃的な書き込みをしてストレス発散しようとする人もいますが、結局のところ誰も理解してくれず悶々とするだけです」と武智さん。

確かに、「弱い自分でいられるためのプラットフォーム」は、ありそうでなかなか存在しない。しかも、そこに「お坊さんが待っている」という仕組みづくりは、着眼点が素敵だと思う。

Sionでの飾り気ない会話がやがて大きなうねりとなって、人間の弱さを知る仏教の叡智があらためて評価され、肩ひじ張らずに生きていける社会が到来する。そのような未来を私も願っている。









池口 龍法

【著者】池口 龍法
1980年兵庫県生まれ。兵庫教区伊丹組西明寺に生まれ育ち、京都大学、同大学院ではインドおよびチベットの仏教学を研究。大学院中退後、2005年4月より知恩院に奉職し、現在は編集主幹をつとめる。2009年8月に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足させて代表に就任し、フリーマガジンの発行など仏教と出合う縁の創出に取り組む(~2015年3月)。2014年6月より京都教区大宮組龍岸寺住職。著書に『お寺に行こう! 坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)、寄稿には京都新聞への連載(全50回)、キリスト新聞への連載(2017年7月~)など。

■龍岸寺ホームページ http://ryuganji.jp
■Twitter https://twitter.com/senrenja

《池口 龍法》

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